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「デジタルデバイド」という言葉が示す供給者側の怠慢西正(2/2 ページ)

» 2005年05月12日 12時11分 公開
[西正,ITmedia]
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 そもそも人間は歳を取ると、好き好んで面倒なことに手を出そうと思わなくなる。生活していく上で、やむを得ないことは覚えようとするのだが、御用とお急ぎのない話なら、大抵の場合は後回しにしてそのまま終わりである。

 その点、若者は覚えが早い。好奇心も旺盛で、色々なことに関心を示す。しかし、決して深く覚えようとは思わない。その辺りについては、地上波のゴールデンタイムの番組を見ていれば、彼らの思考形式に非常に的確に応えているものが多いのでよく分かる。

 若者の身の回りには、色々なグッズがそろっており、携帯やネットは使い勝手が良いと見えて、複雑な機能まで十分に使いこなしている。それだけに、逆にテレビの前でじっとしていることが期待しにくい。CMになるとザッピングをするのも、実はこの層が中心である。

 デジタル放送については、よくよく内容さえ分かってしまえば、中・高年層、高齢者層の方が上顧客になる。その人たちは、「娯楽と言えばテレビ」という育ち方をしてきているからだ。たくさんのジャンルの放送があって、少々のお金を払う必要はあるが、野球でも映画でもゴルフでも好きな番組を見たい放題であると知れば、「そういうことなら」と財布の口は開くものである。財布の中身が多いことにかけては、若者とは比較にならないのだから、どちらをターゲットにすべきかを考えることは言うまでもない。

 ただし、“分別があると思われること”に慣れている年代なので、たかだかテレビぐらいのことで、あまり難しいことを言われると、「そんなものは必要ない」と拒否反応を示すケースが多い。要は、分かりやすい説明を心がけることこそが、一番のマーケティングなのだ。「EPGを見れば……」などと言っているようでは、その時点でお話しにならないことを、メーカーも販売店も早く気が付くべきだろう。

 デジタルデバイドという言葉は、そうしたデジタル技術に追いついていけない人たちが、取り残されてしまうことを懸念する意味で使われることが多い。しかし、一方で、これからは間違いなく高齢化社会なのだ。その人たちが取り残されてしまう心配をしているヒマがあったら、その人たちに関心を持ってもらう努力をすべきなのは、サービスや機器の提供側の方である。

 中・高年層、高齢者層が多数派になっていくのだから、その人たちが使わないサービスや機器は廃れていくことになる。少数派である若者をターゲットにしていたら、ライバルが多過ぎる上に、限られた財布の中身の取り合いも熾烈(しれつ)になる。デジタルデバイドなどと言って、清ました顔をして高齢者の心配をするよりも、その人たちに相手にされずに消えてしまうことにならないよう、自分たちの心配をした方が良い。

メーカーへの要望

 デジタル放送の分かりやすい説明は、放送事業者側が積極的に取り組むべき課題だ。一方、メーカーに対しては、もう少し操作の簡単な機器を作ることを要望したい。高機能な機器なのだから、操作が難しいのは当たり前だと考えていたら、使われなくなってしまうだけである。

 典型的なのが、今のリモコンだ。「放送切り替え」が分かりにくいという声はよく聞かれる。聞かれるうちが花である。放っておけば今に使われなくなってしまうだろう。そもそも、あれだけボタンがあったら、使い方を覚える気にならないという言い分はよく分かる。

 放送と通信の融合というならば、少しは通信側、というよりネットの様子も見ておくべきである。星の数ほどあるサイトを毎回検索しなくてもいいように、「お気に入り」という機能を誰もが使っている。テレビのリモコンについても「お気に入り」の発想を生かすべきだろう。リモコン上のチャンネルボタンは、地上波以外には、5つか6つもあれば十分だ。いくら多チャンネルでも、個人が主に見るチャンネル数はそんなものである。

 その人の好みに応じて、お気に入りのチャンネルだけを登録できるようにしておけば、操作は非常に簡単になる。今の技術力であれば、その程度のことは簡単に出来るのではないか。逆に言えば、その程度のことをしないと、今のままではリモコンを見ただけで拒否反応を示さてしまうことになるだろう。

 最初の登録は孫や子供に登録してもらってもいいし、電気店に登録してもらえるようにしてもいいだろう。それだけでデジタル放送の受け入れられ方は様変わりするはずである。

 もちろん実際は高機能な機器なのだから、複雑な使い方ができるにせよ、どうしてもそれが必要な場合にだけ、孫か子供に頼めば済む話である。

 放送は受け身であり、通信は能動的に働きかけるものだと言われている。テレビとパソコンは違うという説明によく使われる。だから融合しにくいし、双方向型の放送サービス利用が伸びないとも言われる。そこまで分かっているなら、テレビ世代の思考法に合わせた機器を提供すべきことも自明の理ではないか。

 デジタルデバイドなどと言って開き直っていないで、そうした努力を積み重ねていくことが普及の鍵になることを銘記すべきであろう。高齢者はリモコン操作が得意ではないケースが多い。下手にいじって元に戻らなくなったら困るのでザッピングもしないし、蓄積しておいてCMを飛ばすような面倒なこともしないものである。

 高齢化社会が来ると分かっているのなら、余計なお世話の心配ばかりしているより、メインターゲットに分かりやすい説明をして、使いやすい機器の開発に注力した方が得だと考えるべきである。デジタルが付こうが付くまいが、「しょせんはテレビ」と割り切っている人が非常に多いことを忘れるべきではないだろう。

西正氏は放送・通信関係のコンサルタント。銀行系シンクタンク・日本総研メディア研究センター所長を経て、(株)オフィスNを起業独立。独自の視点から放送・通信業界を鋭く斬りとり、さまざまな媒体で情報発信を行っている。近著に、「視聴スタイルとビジネスモデル」(日刊工業新聞社)、「放送業界大再編」(日刊工業新聞社)、「どうなる業界再編!放送vs通信vs電力」(日経BP社)、「メディアの黙示録」(角川書店)。

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