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自力でWeb2.0へとたどり着いた中古車店【連載第2回】ネットベンチャー3.0(2/3 ページ)

» 2006年08月04日 10時00分 公開
[佐々木俊尚,ITmedia]

Qcam成功の理由

 吉村さんは言う。「当時、どこでもKMがうまくいかなかったのは、実態と違う美しいデータを蓄積しようとしたからだった。僕らは実態をそのまま蓄積した。顧客に送る手紙のテンプレートだって、大阪弁の内容にしたりした。ベタベタにリアリティー重視だったんだね」

 Qcamの前提には、顧客のコンテキスト(文脈)データの存在がある。顧客が車を購入する際、優秀な営業マンはその客がどのように車を乗るのかを徹底的に聞いてしまう。たとえばスキーが趣味だったら、冬になる前にスタッドレスタイヤの購入を勧めたり、あるいはスキーキャリアを紹介したりする。乗る距離が長い顧客だったら、ひんぱんにオイル交換を勧める電話を入れる。さらにはオイル交換の時期が来るころに顧客の家まで行って車を観察し、「この間近くまで行ったら、地面に変な色のオイルが垂れてましたから、一度見ておきましょうか」と電話を入れる。車そのものではなく、顧客が車を使うコンテキストをきちんと把握することで、より顧客への正確なアプローチができるというわけだ。

 つまりは、顧客の属性や趣味志向、行動経路をきちんと把握する――顧客データベースを徹底的に蓄積することによって、さらにビジネスチャンスを広げようという考え方である。

 Qcamではこうしたコンテキストデータを蓄積し、それに基づいて特定の顧客への電話やメール、ファクスなどのタイミングを数値化した。そしてこのデータベースに基づいて、営業マンにカスタマーサポートの行動を強制的に行わせたのである。具体的に言えば、朝の始業時間に営業マンがオフィスの席についてパソコンを起動すると、自動的に「今日はどのお客さんに対し、どういう行動を取るべきか」という指示が一覧で表示されるようにしたのである。さらにメールやファクスに関しては、実際に送ったかどうかをシステム側で確認できるようにした。

 当時、クインランドは中古車店10店舗にまで成長し、約30人の営業マンがいた。各担当に1日平均30件前後のQcam指示が発生し、月の合計では約1000件。これを徹底的に監視し、指示指示通りに行わなかった営業マンに対しては、上司が注意した。きわめておせっかいきわまりないナレッジマネジメントシステムだが、これが功を奏し、クインランドは全店で順調に営業成績を上げることができたのである。

 Qcamによってクインランドが学んだのは、コンテキストデータの重要性と、そのデータベースをうまく使わせるためには、システム側がかなりおせっかいにならなければならないというノウハウだった。このノウハウは、後にWeb2.0的なビジネスを展開する際に、きわめて重要な意味を持ってくることになる。しかしそれについては、後で述べよう。

1社だけの成功

 クインランドの次のきっかけは、大手企業のポータルサイトが当時試みに行った、中古車販売のメールフォロープログラムだった。ポータルサイトの登録ユーザーで中古車購入を希望している人のリストを、全国各地の中古車販売店に渡し、営業活動を行ってもらうというものである。クインランドは神戸市周辺のユーザーのメールアドレス123人分を受けとり、この人たちに対して勧誘のメールを送った。

 再び吉村さんの話。「当時クインランドには、愛ちゃんというかわいいアルバイトの女の子がいた。彼女の名前を使って、『こんにちは愛ちゃんです』というタイトルのメールを送った。中身も愛ちゃんがお客さんに話しかけるようなスタイルで、『今度愛に会いに来て』なんて(笑)。今だったら迷惑メールとして一顧だにされないと思うけど、当時はメールに慣れていないお客さんも多かったから、凄い反応が返ってきた」

 かなり怪しげな手法だが、これは大当たりした。123人にメールを送って、返答が帰ってきたのが72人。実に58%の返信率である。この後、メールのやりとりを行って、店舗に車を見に来てくれたのが、34人。最終的に車を買ってくれた成約者は、22人だった。22台を売って2250万円を売り上げ、640万円の粗利を得ることができたのである。この間、宣伝費はメールを書く手間だけで、コストとしては数千円程度。それまでクインランドでは車を1台売るのに約5万円かかっていたのが、一気にコストをゼロに近づけることができたのだ。

 1999年のことである。折りしも世間では「IT革命」という言葉が盛んに語られ、ネットバブルがこの世の春を謳歌していた。「これは本当に革命だ」と吉村さんも興奮した。

 ところがこのポータルサイトのプログラムがスタートして半年後、参加した中古車販売店各社が集まって成果報告会を開いてみたところ、クインランド以外は惨憺たる有様だった。2000人以上のメールアドレスを受けとっていた大手販売店でさえも、制約したのはわずか数件。ほとんどが惨敗だった。各社の担当者は「メールの対応で手間ばかりかかるし、これは全然ダメですね。車にはインターネット販売は合わない」と口をそろえた。ポータルサイトもこの結果にがっかりし、プログラムを終了させてしまったのである。

 翌2000年、クインランドは自社で中古車情報サイト『カーライフマスターPUPU』を立ち上げた。ポータルサイトのプログラムが終わってしまったので、しかたなく自社サイトで対応することにしたのだ。そしてこのPUPUを起爆剤に、同社はクリックアンドモルタルビジネスへと邁進していくことになる。最初の3か月で約36000人のユニークユーザーがサイトを訪問し、そのうちメールで問い合わせがあったのは約6000通。実際に面会で商談したいと希望した人は、600人にも達した。

 吉村さんは、考えた。「ホームページはどこの企業でも作っているが、必ずしも成功しているとは言い難い。それはアクセスアップのための施策がなく、さらに訪れてくれた人へのコミュニケーションが不足しているからだ。車のように最終的には必ず対面販売が必要なクリックアンドモルタルビジネスでは、疎まれない程度に頻繁にパーソナルでフレンドリーなメール応対と、信頼のおける顧客のエージェント機能を提供することが大切だ」

 そしてこの時代のノウハウの蓄積がもとになり、クインランドには現在に至るビジネスモデルの骨格が確立していくことになる。

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