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ロングテールがインフラになろうとしているネットベンチャー3.0【第5回】(2/2 ページ)

» 2006年08月25日 12時00分 公開
[佐々木俊尚,ITmedia]
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Amazonスタイルだけがロングテールビジネスではない

 インターネットの登場――特に2002年以降のブロードバンドの普及によって、企業と企業、企業と個人、個人と個人の新しい出会いが次々と生まれるようになった。たとえば消費者の購買行動を考えてみれば、これまでは企業が多額のコストをかけてテレビや新聞、雑誌の広告を出し、それを見た消費者が商品に惹かれて購入するというのが一般的な企業-消費者マッチングのスタイルだったが、しかしWeb2.0的なコンセプトの登場によって、新たなマッチングが登場してきた。検索エンジンやSNS、RSSリーダーなどネットのサービスを媒介にして、新たな出会いが生まれるようになってきたのである。

 この連載でこれまで取り上げた企業でいえば、たとえばルーク19が運営しているサンプル百貨店では、商品サンプルをターゲッティングした消費者にうまく届けることができなかった企業が、サンプル百貨店というウェブを媒介にして狙った消費者にジャストミートで商品サンプルを送り込むことが可能になった。これは新たな企業と消費者のマッチングである。またクインランドのはじめた地域情報ポータル「Qlep」では、これまで商圏内に住む少数の常連客しか相手にしていなかったような零細店舗が、Qlepで流す情報によってもっと広い範囲に住んでいる主婦を顧客層に取り込むことが可能になった。Qlepではそのマッチングを、店舗に対して徹底的にお節介にコンテンツを生み出させる仕掛けを作ることによって可能にした。

 これらはロングテールそのものである。

 しかしWeb2.0を取り扱ったさまざまな記事では、ロングテールといえばAmazon.comが代表選手のようになっている。確かに、従来の80:20の法則を覆し、書店で月に1冊、年に1冊程度しか売れなかったような本が、Amazonで売れるようになったという状況は、ロングテールのモデルそのものだろう。とはいえ、たとえば日本でもAmazon.co.jpは巨大な物流倉庫を持っていることを忘れてはならない。ロングテール部分の膨大な数の商品を世の中に点在している顧客に売って行くために、巨大な物流倉庫を維持するビッグビジネスなのだ。そういうビッグビジネスであるからこそ、在庫の少ない本、まったく売れない本でも、顧客が買いたいと手を挙げれば、速やかに送り込むだけの仕組みを持っているのである。

 これはAmazonだからこそ可能なモデルである。そもそも同社は、つい最近まで深刻な赤字を抱える危うい企業だった。創業以来延々と赤字が続き、「いつ潰れるか」と言われていたほどだったのである。だがジェフ・ベゾスCEOはそれでも莫大な資金をシステム開発や物流倉庫の維持に投下し続けた。まったく利益の出ない状況だったにもかかわらず、さらに追加で巨額の資金調達を行い、シミラリティやレコメンデーションに代表されるような完璧なシステムを作り上げ、それによって他のオンライン書店やECサイトを抜き去ることに成功したのである。これは危うい綱渡りのようなビジネスであって、同じ方法で成功するのは非常に困難だろう。

 しかし、Amazonだけがロングテールではない。ロングテールの本質は、ロングテール部分の商品をすべて自分で持つというその仕組みにあるわけではないからだ。たとえば、ある小さな店舗が、ほかの誰も売っていないような得意な商品を売っているとする。その商品の売上は年間数百万円程度しかなくても、もしどこかに必ずそれを買ってくれる顧客がいるとすれば、うまく顧客とマッチングすることさえできれば、その零細店舗の経営は成り立ってしまう。そしてこれもやはり、Amazon以上にまさしくロングテールそのものなのだ。

2つのロングテール

 そう考えれば、ロングテールのビジネスとは、2つのビジネスを意味しているように思われる。

 ひとつは、みずからがロングテールとなることである。ユニークであるけれども、顧客の数は圧倒的に少ないような単一商品を売っている零細店舗はみずからがロングテールであり、検索マーケティングなどWeb2.0のしくみをうまく利用することによって、ロングテールであるみずからを遠隔地にいる顧客に売っていくことができる。

 もうひとつのモデルは、そうしたロングテールによるマッチングを提供するビジネスだ。それはたとえばロングテール商品を売っているAmazonであり、零細店舗にロングテールによるマッチングを提供しているGoogleなどの検索エンジンマーケティング企業である。つまりは店や個人、あるいは大企業の中の小さな部署が、どこかにいるはずの自分たちの顧客を見つける方法がわからないと悩んでいる時に、それをマッチングさせるビジネスということになる。

 そしていまや、このロングテールによるマッチングというビジネスは、世の中のプラットフォームになりつつある。Googleの作る検索エンジンが良い例だが、ビジネス的な見地からは、アプリケーションレイヤーがますますインフラ化し、その中でもWeb2.0の最初のフェーズであるロングテール的なマッチングを担っている部分は完全にインフラ化しつつあるといっていいだろう。そうなると、次にインフラ化されていくのは、先ほどのフェーズの第2番目であるコミュニティーということになる。

 かなり長くなってしまったので、ここでいったん切りたい。次回はコミュニティフェーズとデータベースフェーズについて、そして楽天モデルがなぜWeb2.0化していかないのかといった観点について触れようと思う。

(毎週金曜日に掲載します)

佐々木俊尚氏のプロフィール

1961年12月5日、兵庫県西脇市生まれ。愛知県立岡崎高校卒、早稲田大政経学部政治学科中退。1988年、毎日新聞社入社。岐阜支局、中部報道部(名古屋)を経て、東京本社社会部。警視庁捜査一課、遊軍などを担当し、殺人や誘拐、海外テロ、オウム真理教事件などの取材に当たる。1999年にアスキーに移籍し、月刊アスキー編集部デスク。2003年からフリージャーナリスト。主にIT分野を取材している。

著書:「徹底追及 個人情報流出事件」(秀和システム)、「ヒルズな人たち」(小学館)、「ライブドア資本論」(日本評論社)、「検索エンジン戦争」(アスペクト)、「ネット業界ハンドブック」(東洋経済新報社)、「グーグルGoogle 既存のビジネスを破壊する」(文春新書)、「検索エンジンがとびっきりの客を連れてきた!」(ソフトバンククリエイティブ)など。


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