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検索エンジンが「ユーザーのその日の気分」を知る方法(下)ネットベンチャー3.0【第12回】(2/2 ページ)

» 2006年10月20日 09時30分 公開
[佐々木俊尚,ITmedia]
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心理学的アプローチをマーケティングに生かす企業

 もうひとつ、興味深い企業がある。「運気を上げる=アゲウン」をコンセプトに、占いサイト「ageUN」を開設しているベンチャー「アゲウン」である。会員数は現在、35万人に上っている。そしてこの会社は消費者向けB2Cビジネスとして占いサイトを運営しているのと同時に、B2Bのダイレクトマーケティング事業も行っているのだ。

 なぜ占いサイトというエンターテインメントビジネスと、マーケティングビジネスがこの会社では両立しているのだろうか。同社の大丸裕介社長は、「中核事業は、マーケティングに心理学的なアプローチを持ち込むことなんです。その心理学的アプローチを実践するひとつの可能性として、占いサイトを運営しているんです」と話す。

 アゲウンは、生活者心理をとらえたユーザー分析という切り口でマーティングビジネスを展開し、大手石油会社や総合商社などの大口顧客と契約している。その中心にある考え方は、リアルな行動分析だ。従来のマーケティングリサーチでは、サンプル調査による傾向分析が一般的だった。たとえば「首都圏に住んでいるF1層がどのような購買行動をしているのか」ということを調べるとき、リサーチ会社は100人のサンプリング調査を行ったり、あるいは首都圏に住んでいるF1層の女性を10人ばかり集め、グループミーティングを行ってもらって、その内容からある程度の傾向を見ていくというのが一般的だったのである。

 だがこの方法は、しょせんは傾向分析――つまり仮定であって、完全なリアルではない。サンプリング調査による結果は、リアルとは永久に一致しないのだ。たとえば有名タレントが出演している家電製品のテレビCMに対して、どのような感想を人々が抱いているのかをリサーチ会社がサンプリング調査する。多くの人は「イメージがよい」「買ってみたい」と答える。しかしそれらの人が実際にその製品を購入しているかといえば、実は購入していないケースが非常に多いという。「ほしい」と「実際に購入する」の間には、埋められない溝があるということなのだ。その溝を、従来のマーケティングリサーチでは埋められなかった。

 アゲウンが考えたのは、徹底的な実証分析である。サンプリング調査やグループミーティングによる傾向分析ではなく、ある消費者個人に絞り、その人ひとりの軸から、消費行動を分析していく。なぜその人が、ある家電製品を買おうと考えているのか。もしその人がその家電製品を買ったのだとすれば、その人は何歳で、どこに住んでいるのか。どのようなライフスタイルなのか。またその人に家電メーカーの側からメールマガジンなどで情報を届けた場合、その人はどう評価してくれたのか。あるいはその家電製品を買おうと考えなかった人にメーカーから情報を届けた場合には、どのような評価だったのか。

 実際の手法としては、たとえばインターネット通販で何かの商品を購入した人に協力してもらい、その人の行動――どのようなサイトをたどり、どのような画面を見て、そしてどのように商品を購入し、その商品に対してどのような感想を持っているのか。そしてメーカーにはどのような印象を持っているのかということを徹底的にヒアリングし、そこから解析を行い、何らかの答えを見いだしていくというものだ。つまりはワン・トゥー・ワンのマーケティングリサーチなのである。

 大丸社長は「そのアルゴリズムや検証方法は企業秘密なので公開していません」と話すが、そこには心理学的なアプローチが採られているという。そしてその心理学的アプローチを追及するに当たって、占いサイトでのさまざまな実証結果が重要になってくるということらしい。どういう意味かといえば、要するに占いを心理分析のひとつの要因として活用しようとしているのだ。

心理学的分析でユーザーの未来分析に光を

 アゲウンのリサーチでは、マーキングした個人の性別や生年月日、住所地、趣味志向などを材料にしていくのだが、その際にそれらの個人データから抽出された四柱推命や星占いなども材料に含められるのだ。そしてそららの材料と、その個人がどのような購買行動を行ったのかを総合的に解析し、マーケティング分析が行われていく。

 筆者は大丸社長のその話に、思わず「でも四柱推命や星占いによる行動分析が、本当に有効なんですか?」と聞いてしまった。大丸社長は、こう答えた。「僕も最初は、半信半疑だったんです。でも実際にそうした占いを導入してみると、なぜかかなりの確度で何らかの行動パターンが把握できてしまうんですよね。そのあたりの分析はこれからなんですが、有効なのは間違いないようなんです」

 大丸社長は「Amazonのレコメンデーションは最先端だけれども、欠点がある」とも話した。Amazonのレコメンデーションは利用者の過去の購買履歴を協調フィルタリングで解析しているだけで、利用者がどのような気持ちで購入しようとしているのかということは調べられない。だからひんぱんに買い物をしている顧客に対してはそのアプローチは有効だが、アカウントを取ったままでほとんどサイトを訪れていないような休眠客の購買傾向を調べることは不可能だ。

 「その人がいままで何をしたかという履歴からの過去の分析ではなく未来分析が今や必要なんです。アゲウンのような心理分析的アプローチであれば、仮に休眠客であっても今この人が何をもとめているのかを、ダイレクトにはじき出すことができるようになる」

 このアプローチは、インターネットの情報の海の中から、その人にとって必要な情報をすくい上げるアプローチとしても有効かもしれない。本人の内なる精神的志向、心理までをも取り込んでいく段階が、そろそろWeb2.0の世界でも始まりつつあるのだ。

(金曜日に掲載します)

佐々木俊尚氏のプロフィール

1961年12月5日、兵庫県西脇市生まれ。愛知県立岡崎高校卒、早稲田大政経学部政治学科中退。1988年、毎日新聞社入社。岐阜支局、中部報道部(名古屋)を経て、東京本社社会部。警視庁捜査一課、遊軍などを担当し、殺人や誘拐、海外テロ、オウム真理教事件などの取材に当たる。1999年にアスキーに移籍し、月刊アスキー編集部デスク。2003年からフリージャーナリスト。主にIT分野を取材している。

著書:「徹底追及 個人情報流出事件」(秀和システム)、「ヒルズな人たち」(小学館)、「ライブドア資本論」(日本評論社)、「検索エンジン戦争」(アスペクト)、「ネット業界ハンドブック」(東洋経済新報社)、「グーグルGoogle 既存のビジネスを破壊する」(文春新書)、「検索エンジンがとびっきりの客を連れてきた!」(ソフトバンククリエイティブ)、「ウェブ2.0は夢か現実か?」(宝島社)など。


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