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「日の丸検索エンジン」は何を狙っているのか(下)ネットベンチャー3.0【第17回】(2/2 ページ)

» 2006年11月24日 10時15分 公開
[佐々木俊尚,ITmedia]
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ソーシャルタギングは“勝手メタデータ”

 Web2.0の手法をここで導入していくのであれば、集合知を使ってメタデータを作っていく方法がある。つまり、ソーシャルタギングだ。たとえば初期の段階からソーシャルタギングを活用してきた写真共有サイトのFlickrでは、人々がアップロードした写真に他のユーザーがさまざまなタグをつけることができる。それによって、アップロードした本人でさえも気づかなかったような新たな分類方法が生まれ、その写真が新しい生命を与えられている。おそらくテレビ番組に関しても、テレビ局や制作者側がメタデータの付与(タギング)を行うだけでなく、多くの人々がさまざまな考え方やセンスに基づいてソーシャルタギングを行った方が、ずっと豊かで興味深い番組の活用方法が生まれてくるのは間違いない。しょせん制作者側の発想は一意でしかなく、本来の意味での多様性は持ち得ないからだ。

 だが、テレビ局の側には、こうしたソーシャルタギングの発想は存在しない。視聴者側が独自にタギングを行うことを「勝手メタデータ」と呼び、基本的にはそうした行為は容認していない。ブロードキャスティングの考え方と、エンド・ツー・エンドのネットの考え方はやはり世界認識が異なっているということなのである。

 そこでタギングではなく、もっとダイレクトに動画データを検索できるシステムはないものか――という話になる。そしてこれは、上記に書いたような放送業界の事情だけでない。ソーシャルタギングでは処理しきれない、いままさにストリーミングされているようなリアルタイムで放送中の動画に関しては、やはり動画検索の方が使い勝手が良いというポイントも忘れてはならない。ネットの世界でも、たとえばGoogleはGoogle Image Labelerで、Googleのデータベースに収められている膨大な量の静止画像に対し、ユーザー参加型の対戦ゲームによって自動的にタグを付与していくという試みを行っている。

画像で画像を検索するLike.com

 この分野に関しては、アメリカのRiyaが先ごろ、注目の新技術を発表した。Like.comというそのサービスは、静止画像をダイレクトに検索できる。検索キーはテキストのワードではなく、別の画像だ。たとえばハリウッド女優が写っているイメージの中で、女優がつけている時計を画像として切り出し、その画像と似た画像をデータベースの中から抽出できる(→関連記事)

 Tech Crunch日本語版には、次のように解説されている。

検索入力にイメージを受け取った場合、こ のエンジンはそのイメージの特徴を抽出し、他の画像と比較して検索する。 “visual signature”(シグネチュア)と呼ばれる抽出された特徴は、元の画像を数学的に処理して得られる 10,000 種類の指数である。この指数同士が十分な数一致した場合、Like.com はこれらが似た画像だと判断する。

 こうした技術が実用化されていけば、ビジネスの可能性は限りなく大きい。なぜならGoogleが道を切りひらいたコンテンツマッチ広告は、今後間違いなく動画や音声の世界へと進出していくからだ。テレビCMという広告モデルが崩壊しつつあることはすでに多くの人が指摘しており、アメリカではすでにテレビCM市場そのものが縮小局面に入ってきている。日本ではまだそこまでの段階には至っていないが、しかし民放各局の2006年9月中間期決算は、各社ともスポット広告が前年同期比で減少した。11月20日の日経産業新聞にはこうある。

広告の不振を端的に物語るのが、スポット広告収入。日テレの前年同期比七・一%減を筆頭に、フジ五・一%減、テレ東四・七%減、テレ朝一・八%減、TBS〇・三%減と全社が前年同期を下回った。

 スポットの増減はこれまで景気指標の鉱工業生産指数と連動するケースが多かった。だが二〇〇二年二月に始まった今の景気の拡大局面は、戦後最長の「いざなぎ景気」に並ぶほど長く続いているのに、スポンサーの広告出稿意欲が鈍っているところに事態の深刻さがある。

 日経産業新聞はこの理由について、「スポット出稿が極端に減ったのは各社とも金融・保険分野。アイフルの不祥事をきっかけに消費者金融が広告を自粛したほか、前年まで積極的だった外資系保険会社が出稿を抑制したため、一―三割の減収になった」と説明している。だがそれ以外の業種についても「問題なのは自動車、不動産、流通、酒・飲料分野のスポット抑制の理由がはっきりしないことだ。エレクトロニクス分野もサッカーワールドカップを商機ととらえた薄型テレビ関連の広告が好調だったが、全体では横ばい圏だった」と説明されている。ついに日本の広告市場も地殻変動が起こり、ネットに広告費がシフトし始めているのかもしれない。少なくとも、その前兆ではないという理由はどこにもない。

 テレビCMという、上流から情報を流し込む形の広告モデルは今後パワーを失っていく。そして逆に浮上してくるのは、消費者の行動と広告をマッチングさせていくGoogle Adwordsのようなモデルだ。日本国内だけでも2兆円あるこのテレビ広告市場がこのようにシフトしていくとなると、動画検索によってコンテンツマッチ広告が可能になれば、そこには巨大なビジネスチャンスが現出することとなる。

情報大航海プロジェクトを担う日本の技術

 そして、静止画に関してはRiyaが一歩先んじたが、動画に関していえばまだ確定的な技術は登場していない。動画検索に関してはイメージマイニングや3Dマイニング、映像ハンドリング、パターン認識などさまざまな技術の集積によって成り立つものであり、現在存在しているマルチメディア関連技術の結晶のようなものだ。そしてこの分野において、日本の存在感は決して小さくない。

 情報大航海プロジェクトを仕掛けた経済産業省の八尋俊英氏は、私の取材に対して次のように話している。「日本には、世界に誇ることができる映像技術があるんです。消費者により良い映像を届けようと考え、たとえば映像ハンドリング技術は世界でもトップクラスになっている。どのメーカーも、Googleの映像検索に対抗しようと考えていたわけではなくて、より美しい見やすいディスプレイで映像を観てもらうための基礎研究として、映像検索の技術を持っているんです。これは言語の世界でも同様で、キーワードによってウェブページのテキストを検索するという技術では欧米に先行されたけれども、自然文や対話による検索、あるいは音声認識などの分野では日本の技術は凄い。単語を分けて文章の意味を調べるのではなく、文章そのものを解析してその意味を探るというような研究が行われていて、世界トップレベルなんです」

 八尋氏の指摘はもっともなのだが、しかしその一方で、「それだけの技術を持っているのに、なぜ日本の産業界はGoogleを生み出せなかったのか?」という疑問もある。そこにはさまざまな問題が絡み合っていて、おそらく最大のハードルのひとつは、ベンチャーを興すという土壌そのものが日本には育っていなかったということがある。ベンチャー向けの新興株式市場が長く存在せず、資金調達も間接金融が中心で、しかも融資を受ける際には経営者の個人保証が求められた。大企業信仰が根強く、若い優秀な技術者や営業マンを集めることが難しかった。そうした要因が重なり合って、日本は高度経済成長以降、社会構造としてベンチャーを生み出せなくなってしまっていたのである。このあたりの問題については、『ライブドア資本論』という書籍で以前に書いた。

 もちろん、Googleの持っていたアドバンテージは、そうしたベンチャースピリットだけではない。アメリカ国内に存在する膨大な数のベンチャーの中で、同社が抜きんでた企業になることができた背景には、また別の要因もある。それはGoogleが、誰も創造もしていなかった「無料経済」を確立してしまったことだ。

 最初のスタートはOvertureのビル・グロスが、検索連動型広告という偉大な発明を成し遂げたことだったのだが、しかしGoogleはこのビジネスモデルを多面的に拡大させ、「ありとあらゆるサービスを人々に無料で提供し、そのサービスにロングテール価値を付与させてマッチング広告で儲ける」という概念にまで成長させた。この無料経済の概念は今やWeb2.0のビジネスモデルを支える最大の基盤となっている。日本企業は――いや、他のヨーロッパ諸国も含めて、残念ながらこの無料経済を生み出すことができず、その恐ろしさにも気づかなかったのだ。

 そしてGoogleが考え出した無料経済は、世界を覆い尽くしつつある。当初、ウェブの世界だけを対象にしていたマッチング広告は、リアル世界に存在するありとあらゆるものに対して付着し、それらを無料経済の中に取り込もうとしていく。そう考えれば、マッチング広告はとば口に立ったばかりであり、その対象とすべきフィールドはまだ無限に広がっている。リアルタイム性に優れた組み込み系の技術で世界をリードしてきた日本が、巻き返す余地はこれからも十分にあるだろう。

(毎週金曜日に掲載します)

佐々木俊尚氏のプロフィール

1961年12月5日、兵庫県西脇市生まれ。愛知県立岡崎高校卒、早稲田大政経学部政治学科中退。1988年、毎日新聞社入社。岐阜支局、中部報道部(名古屋)を経て、東京本社社会部。警視庁捜査一課、遊軍などを担当し、殺人や誘拐、海外テロ、オウム真理教事件などの取材に当たる。1999年にアスキーに移籍し、月刊アスキー編集部デスク。2003年からフリージャーナリスト。主にIT分野を取材している。

著書:『徹底追及 個人情報流出事件』(秀和システム)、『ヒルズな人たち』(小学館)、『ライブドア資本論』(日本評論社)、『検索エンジン戦争』(アスペクト)、『ネット業界ハンドブック』(東洋経済新報社)、『グーグルGoogle 既存のビジネスを破壊する』(文春新書)、『検索エンジンがとびっきりの客を連れてきた!』(ソフトバンククリエイティブ)、『ウェブ2.0は夢か現実か?』(宝島社)など。


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