日本版SOX法の“神話”とは?ビジネスシーンで気になる法律問題(3/3 ページ)

» 2007年03月23日 19時52分 公開
[情報ネットワーク法学会, 高橋郁夫,ITmedia]
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日本版SOX法――守備範囲の神話

藤丸 その上、米国版SOX法は守備範囲が極めて広い。11章から成り立っている米国版SOX法の内容は、「第1章 PCAOB(公開会社会計監視委員会)」「第2章 会計士の独立」「第3章 会社の責任」「第4章 財務開示の拡張」「第5章 アナリストの利益相反」「第6章 PCAOBの資産および権限」「第7章 研究および報告」「第8章 会社および刑事的不正行為に対する説明責任」「第9章 ホワイトカラー犯罪罰則」「第10章 企業税還付」「第11章 企業不正行為と説明責任」となっている。

 特に影響力がきわめて強い条文は302条、404条だけれども、それ以外に、監視委員会の制度、会計士の独立・アナリストの利益相反禁止規定なども影響力が強い規定といえるだろう。また、内部告発者保護制度もSOX法によって、さらに強化されている点は重要だ。

高橋 ワールドコム事件、エンロン事件ともに、内部告発が実態の解明に非常に役に立った経緯があるからね。きっかけとなった2人の女性(Cynthia Cooper、Sherron Watkins)は、2002年のタイムズ誌の「People of the Year」として選ばれたんだ。

米国SOX法302条、404条

 米国SOX法302条は、SEC登録企業の経営最高責任者(CEO)と財務最高責任者(CFO)に対して、所定の文言による宣誓書に個人名で署名し、それぞれの宣誓書を別々に年次報告書に綴じ込むことを求めている。

 また、404条は経営者に対して、会計年度末における財務報告にかかる内部統制の有効性評価と評価結果の年次報告書での開示をすることを求め、それについて、公認会計士による監査を受けることを要求している。


高橋 それにしても米国SOX法を見ていくと、「不正行為(fraud)」という表現と「説明責任(Accountability)」というキーワードが目に付く。日本版SOX法という言葉を使うのなら、日本においてそれらの概念がどうあるのか、どうあるべきかについてもきちんと光を当てて議論すべきだろう。

藤丸 経営者が証券市場において、適時開示を守らないと民事裁判で責任を厳しく追求されるというところも、かなり根本的に違うような気がしますね。

高橋 実は2000年頃のITバブル崩壊の頃、米国の証券会社経由で、米国IT企業の株式を所有していたことがあったけど、日本に住んでいる私のところにも「経営陣が、適時開示の義務に違反していたので、当時の経営陣にたいする損害賠償の訴訟の原告になりませんか」と誘われたことがあった。いわゆる「クラスアクション(集団訴訟手続きのこと。米国での民事訴訟の手法)」だね。

内田 クラスアクションといえば、ジーン・ハックマンが主演していた「訴訟」っていう映画を思い出すわ。そもそも原題が「Class Action」だし。同一の利害をもつ被害者などが、代表者のもとで、訴訟を遂行して、その訴訟の結果が、その被害者に共通の効果をもつものとして認められるという制度ね。

高橋 実際に、私のところに勧誘の手紙が来たその事件では、さらに2年後くらいに経営陣が多額の賠償金を支払うことで和解するので、それに同意するか意見を述べるようにという書類が送られて来たよ。米国では、実際に訴訟になると相手方の手元の証拠を開示してもらえるという「ディスカバリ制度」も完備しているので、経営陣にとっては、まさに「適時に」説明義務を果たさないと、損害賠償を取られてしまう。経営に対する緊張感が高まる仕組みと言えそうだね。それに対してわが国では、適時開示違反での訴訟というのは、なかなか難しいだろう。

内田 映画「訴訟」では確か、倉庫いっぱいのダンボール箱の記録のなかから、被害者側の代理人だったハックマンが自動車の欠陥につながる証拠を見つけるという話だったような記憶があるわ。

高橋 当時は、倉庫いっぱいのダンボール箱だけれども、今は、経営陣のコンピュータのなかも詳細に検討する「e-Discovery」制度も一般化しているしね。そのような訴訟制度をはじめ、米国と日本では株主と会社に対する考え方なども踏まえて社会風土がまったく異なっている。なのに、ほんの表面だけをみて“日本版SOX法”といってみても意味がない気がする。

 そういえば、企業会計審議会の内部統制部会では、「一部のいろいろなセミナー等の場でどうも実施基準案の趣旨とは異なるような説明、我々からすると誤解ととれるようなものも存在している可能性はある」という発言もあった。日本版SOX法という言葉が跋扈するにつれ、本来の解釈とは異なる説明を行う業者もいるようだ。

 ただ、日本版SOX法という言葉は、日本においても米国のように適時開示をきちんとすべきである――ということは言えるだろうし、そのために民事裁判制度が、実効性をもって、役にたつようになればいいということを気づかせてくれるきっかけにはなるかもしれないね。

藤丸 確かに元々は、米国ほどの影響をもたらすべきものではないように設計されていたかれしれませんけど、実際の現場では、やはり非常に影響力を持っていると言えますね。そして、私としては、その状況をまとめていうのに日本版SOX法という表現はあっていいと思っています。その点で、すこし高橋弁護士とは意見が異なるのかもしれませんね。

 もっとも例えば表計算ソフトは、後からマクロを用いて計算した場合の正確性が検証できないので、「表計算ソフトでのマクロは使用禁止」になったとか、「電子メールは社外に完全に保存できるようにしなければならない」という話は行き過ぎかもしれませんが……。監査側でも、運用評価レベルの際に、自動化統制のテストとして本番環境でテストデータを流さないといけないと思い込んでいる人がいたりしているくらい混乱しています。

 そこまでいくくらい影響力が強いというのもそれなりの理由があって、高橋先生の調子でいうと、『日本版SOX法の神話の逆襲』ということになるのかもしれないですね」

こはと 「神話の逆襲(Revenge of myths)」って、なにか映画のサブタイトルみたいですね。でも、実際、どういうことなんですか?

この原稿の作成にあたっては、齋藤英喜公認会計士(みすず監査法人シニアマネージャ)から有益な示唆をいただいた。ここに感謝の意を記させていただきます。(筆者)

情報ネットワーク法学会とは

情報ネットワーク法学会では、情報ネットワークをめぐる法的問題の調査・研究を通じ、情報ネットワークの法的な問題に関する提言や研究者の育成・支援などを行っている。

筆者プロフィール 高橋郁夫(たかはし・いくお IT法律事務所

弁護士。情報セキュリティ/電子商取引の法律問題を専門として研究する。宇都宮大学大学院工学部講師。また、情報セキュリティに関する種々の報告書(「情報システム等の脆弱性情報の取扱いにおける法律面の調査報告書」「アメリカにおけるハイテク犯罪に対する捜査手段の法的側面調査報告書」「セキュリティホールに関する法律の諸外国調査報告書」)などに関与。


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