第1回 引き受けるんじゃなかったよ奇跡の無名人たち(2/2 ページ)

» 2008年08月20日 08時30分 公開
[森川滋之,ITmedia]
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最初に面談した男は、チベット暮らし

 「なにが優秀なスタッフだ。あいつとは2度と仕事はしない」

 和人が毒づくのも無理はなかった。赴任初日なので、1日かけて営業スタッフと面談した。結果として分かったのは、誰にも営業経験がないということだった。ただし全部が嘘ではなく、事務スタッフの2人の女性は確かに優秀だった。

 しかし、売り上げもないのに事務だけ優秀でも仕方がない。

 最初に面談した自分と同年代の男は、チベットで暮らしているという。たまに日本に出稼ぎに来て、わずかな額を稼げば、チベットでは数年間暮らせるのだそうだ。ロバに似た顔をした、のんびりした男だった。

 次に、面談した女性は、30代後半のシングルマザーで高校に入ったばかりの息子がいた。サッカーの名門高だそうだ。安くない学費を稼ぐために応募したが、法人営業はいやだという。怖いんだそうだ。

 その次の若い女性も法人営業は嫌だという。企業に飛び込むところを想像しただけで足がすくんでしまい、震えが止まらないという。日本語が変なので中国人かと聞くと、れっきとした日本国籍だが、クオーターで海外暮らしが長いとのこと。日本語が上手になりたくて応募した。

 かと思えば、ロクな経験もないのに大企業にばかり行かせてくれという若者が2人いた。1人は起業に失敗したので資金作りをしたいという野望を持つ者。もう1人は体育会系で営業で身を立てたいという者。根性はありそうだが、それだけだ。

 ほかにも、男の和人が見てもほれぼれするイケメンなのに、外出はしたくないという男。もともとはプログラマーだけど人と話をするのが嫌で鍼灸師の免状を取ったが、開業資金がないという男(話が苦手でどうやって営業するんだ?)。本部からの応援でやってきたが営業ではなく、本部の人事にやたら詳しい男。

 そんなのばかりであった。和人は赴任初日で、先行きの暗さを確信していた。帰りの電車の中で窓に自分の顔が映った。1日でずいぶんやつれたものだ。まだ本番に入っていないというのに。これから半年間片道2時間の通勤をするのかと思うと、心から萎えた。

 月のノルマは350回線。最初の1週間の営業成績は0回線だった――。

 →第2回 最初の決断

連載「奇跡の無名人」とは

 初めまして! 森川”突破口”滋之と申します。IT関連の書籍や記事の執筆と、IT関係者を元気にするためのセミナーをやっています。

 Biz.IDの読者には、管理や部下育成といったことや、営業など専門知識以外のビジネススキルに関することなどに関心を持ち始める年代の方が多いと聞いております。

 そういう方々に役に立つ話として、実話をベースにした物語を連載することになりました。元ネタはありますが、あくまでもフィクションであり、実在の団体・人物とは関係ありません。

 今回の物語は、ぼくのビジネスパートナーである吉見範一さんから聞いた話を元にしたものです。ある営業所の若い女性が起こした小さな奇跡について書きます。営業経験がなく、日本語が達者じゃないのに法人営業に成功した話が始まります――。

著者紹介 森川“突破口”滋之(もりかわ“とっぱこう”しげゆき)

 大学では日本中世史を専攻するが、これからはITの時代だと思い1987年大手システムインテグレーターに就職する。16年間で20以上のプロジェクトのリーダー及びマネージャーを歴任。営業企画部門を経て転職し、プロジェクトマネジメントツールのコンサル営業を経験。2005年にコンサルタントとして独立。2008年に株式会社ITブレークスルーを設立し、IT関係者を元気にするためのセミナーの自主開催など、IT人材の育成に取り組んでいる。

 2008年3月に技術評論社から『SEのための価値ある「仕事の設計」学』、7月には翔泳社から『ITの専門知識を素人に教える技』(共著)を上梓。冬には技術評論社から3冊目の書籍を発売する予定。


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