ツキを研究する――「命のツキ」編樋口健夫の「笑うアイデア、動かす発想」

夢の中で思いついた発想を書き留めるべく、書斎に向かったその瞬間、大地震が発生。後ろを振り向くと寝ていた布団には仏壇が倒れこんでいた。危機一髪である――。そんな「命のツキ」を研究してみたい。

» 2008年09月26日 11時00分 公開
[樋口健夫,ITmedia]

 ある日、企業コンサルタントのアルファ経営システム研究所(大阪市)の井上元久所長は、寝ていて3つ発想を思いついた。寝ながらも「ああ、書き留めておかないといけない」と思った。目を開けて壁の時計を見たら、まだ朝の5時過ぎ。

 「まだ5時か……。しかし書き留めないと忘れてしまうな」

 起き上がり、ガウンを着て書斎に向かった。書斎のドアのノブに手を掛けた時、巨大な衝撃を感じ、轟音が生じた。

 1995年1月17日5時46分。阪神・淡路大震災だった。

 伊丹空港の近くだったので、飛行機が墜落したのかと思った。マンション高層階の住まいでは、書斎にあった本棚の書籍がすべて崩れ、台所には食器が散乱して足の踏み場がなくなった。今まで寝ていた布団には、枕の横にあった仏壇が寝そべっていた。

 あの時、思いついた発想を書き込もうと思って起きた井上氏。いわば思いついた発想に命を助けられたのである。まさに「命のツキ」だった。

 その3つの発想は何だったのか。「大震災のため結局書き留められなかった、思いだせないのが残念」と井上氏。だが、3つの発想と命の引き換えなら、すごい。

肺炎、衝突、墜落――なんとか命をつないだ

 筆者は最近、ツキについて考えている。

 齢60年を生きて、まず「命のツキ」があることを知った。60年もの長い時間を無事に生きて来られたというツキだ。生きてこそのツキは大きい。これがないと、まったく話にならない。

 筆者が2歳のころ、風邪がこじれて肺炎にかかったことがある。高熱を発して、「もうほとんど助かりません」と医者が両親に言ったという。終戦直後で、抗生物質がなかったのだ。両親もほとんどあきらめたとき、その医者が抗生物質を手に入れて戻ってきた。「これが最後の試みです」と抗生物質を注射した途端に、劇的に効果が出て、熱が下がったのだという。

 あのころの日本はちょうど、現在のアフリカやネパールの山の中での医療事情のような状態だったのだ。終戦直後の乳児死亡率は極めて高かったはず。しかし、このおかげで筆者の現在がある。

 サウジアラビアの砂漠で、砂に車輪を取られた車を引き出すために、通りがかったトラックの後ろにワイヤを取り付けている最中のことだ。なんと居眠り運転の小型トラックが突っ込んできた。この時も、ほんの30センチほどの最悪の事態は免れた。

 同じくサウジアラビアでは田舎町で車に追突されたこともある。逃げた車を追いかけて、逆に村人に取り囲まれた時は、鉄の棒で叩かれる寸前に逃げだすことができた。これもツキだ。

 ベトナム航空の所有していた旧ソ連製旅客機トゥポレフ(ここ数十年、毎年何機か墜落をしていて「空飛ぶ棺桶」と呼ばれている)。乗りたくなかったが、ほかに移動する手段もなく、ラオスからベトナムへの帰途に1度だけ搭乗した。その3カ月後、ホーチミンからプノンペンに向かう時、このトゥポレフは墜落している。

 人生を生きていれば誰でもこの種の「命のツキ」があるのではないだろうか。生きるということは、大変なことなのだ。世の中はまさに「命のツキ」に満ちあふれている。

 20年間の海外生活では、あらゆる種類の危険とニアミスしたが、こうして無事に生きていることは、最大のツキだ。今、読者が健康で無事に生活していれば、「命のツキ」があった証拠である。

「自分だけはツイてる」と思わないこと

 とはいえ、この「命のツキ」を大事にすることを考えると、何もしないのが安全ということになりかねない。しかし、家の中や会社でじっとしていても、自然災害や犯罪は向こうから押し寄せてくる。大地震などは、いつ起こっても不思議ではない。この8月9月に大地震が起こると称していた予言者などはまったくもってお騒がせだったが、少しでも地震対策させるのには役に立ったかもしれない。

 会社で背後を見てみよう。そこには書類が天井近くまで積み上げていないか? 地震で倒れてこないか? 自宅でも、倒れてくるタンスやお仏壇はないか?

 杞憂(きゆう)という言葉がある。昔、中国の杞の国に住むある男が「空が落ちてくる」と心配したことに由来する。もちろん空は落ちてこなかったのだが、筆者の経験から1つだけ感じている防護策がある。それは、常に災いが起こる可能性を信じ、「自分だけはツキがあるから安全」と思わないことだ。だから対策を怠らない。それに運命の女神は、本人が起こると思っている時には、起きる割合を低くしているように思うからだ。

 これから数回にわたって、ツキについて分析していこうと思っている。読者のみんなもこのような「命のツキ」の体験があれば、どんどん教えてほしい。

「命のツキ」の感度を向上させるポイント
大震災対策 1:携帯電話などで地震早期警戒警報は受けられるようにしておこう
2:基本的に住んでいるところ、働いているところの地震対策を考えてみよう
3:頭の上や背後から重い物が落下しないようにしておく。PCや大型テレビは大丈夫か?
4:マスク、ラジオ、ライトなどを常備
5:少なくともミネラルウォーター、保存食などの準備はしておこう
病気 1:筆者が気を付けているのは蚊だ。国内でも出張するときには、液体の電子蚊取りを持ち歩いている
2:飛行機、新幹線、列車、地下鉄など公共の交通機関に乗った後は、必ずうがいをする
3:寝る時にお腹を冷やさないこと
犯罪 1:犯罪に近づかない。危険といわれる地域は、国内でも海外でも近づかないようにすることが一番。女性は、防犯ベルを持ち歩くのが安全
2:人とぶつかった場合は、とりあえず謝っておこう。謝って、損をするわけではない
3:自宅での防犯レベルは2段階、3段階に備え付ける。ドアのカギも2重に。窓ガラスには飛び散り防止のフィルムを
交通事故 1:「今日は事故が起こる気がするので、注意しよう」と声に出して自分に言い聞かせる。それで、交差点の信号変化も無理をしなくなり、飛び出す子供にも注意する。走行スピードも3キロ下がる
2:飲酒運転、整備不良などは論外
3:長距離を単独で走行する場合の休息プランなども大切
海外旅行 1:(筆者が言う資格はないが)危ないところ、危険な乗り物、無理な予定は避ける
2:変な食べ物、生水を避け、怪しい交友関係は避ける。

今回の教訓

「命のツキ」が「運の尽き」にならぬよう……。


著者紹介 樋口健夫(ひぐち・たけお)

 1946年京都生まれ。大阪外大英語卒、三井物産入社。ナイジェリア(ヨルバ族名誉酋長に就任)、サウジアラビア、ベトナム駐在を経て、ネパール王国・カトマンドゥ事務所長を務め、2004年8月に三井物産を定年退職。在職中にアイデアマラソン発想法を考案。現在ノート数338冊、発想数26万3000個。現在、アイデアマラソン研究所長、大阪工業大学、筑波大学、電気通信大学、三重大学にて非常勤講師を務める。企業人材研修、全国小学校にネット利用のアイデアマラソンを提案中。著書に「金のアイデアを生む方法」(成美堂文庫)、「できる人のノート術」(PHP文庫)、「マラソンシステム」(日経BP社)、「稼ぐ人になるアイデアマラソン仕事術」(日科技連出版社)など。アイデアマラソンは、英語、タイ語、中国語、ヒンディ語、韓国語にて出版。「感動する科学体験100〜世界の不思議を楽しもう〜」(技術評論社)も監修した。「アイデアマラソン・スターター・キットfor airpen」といったグッズにも結実している。アイデアマラソンの公式サイトはこちら


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