人材育成には知恵より“知識”が大事 教え方に演出をプロ講師に学ぶ、達人の技術を教えるためのトーク術(2/3 ページ)

» 2009年05月15日 18時00分 公開
[開米瑞浩,Business Media 誠]

人間は自分で気がついたことは忘れにくい

 意外性のあるポイントを学習者が意識するように仕向ける、といってもその方法もいろいろです。下記2つの例を比べてみましょう。 まずはわりとストレートに指摘するバージョンです。

単純指摘バージョン

講師 はい、じゃあこの表のですね、下の3行に注目してみましょうね。シンガポール、タラワ、ガラパゴスといずれも赤道直下ですね。ところがガラパゴスだけ妙に気温が低くないですか? 変ですよね。

 これでも悪くはないんですが、もう1つこっちも見ていただきましょう。

体験再生型バージョン

講師 昔ですね、僕はこういう表を作ってみたことがあったんですよ。この表、だいたい北の方から順番に並べてあります。東京、沖縄香港、タイと、どんどん緯度が下がって赤道に近づきますよね。で、後から平均気温追加してみました。東京15度、沖縄23度、香港23度、へえ、沖縄と同じなんだ。バンコクとホーチミン28度、うわ、東京より10度以上高いよ、暑そうだなあ。シンガポールが27度、さすがにこれ以上は暑くならないのかな? タラワが28度、ガラパゴスは……あれ? ガラパゴス、24度?? これじゃ、沖縄並み? 赤道直下なのに? ええーっ、ナニコレ? と思ったんですよ。

 体験再生型バージョンのほうは、「講師自身の体験を再生」するようなトークになっています。

 実は、この話し方をすると、

 学習者が自分自身で講師と同じ体験をしているかのような感覚を持てる


 という効果があります。もちろん実際には錯覚なのですが、この錯覚は意外に大事です。人間は自分で疑問を持ち、自分で調べて気がついたことは忘れにくいのですが、「自分で気がついた」という錯覚を持てるのが体験再生型バージョンのほうなのです。

 もちろん、現実には講師が緻密(ちみつ)に計算してこういう「体験再生型トーク」を使っているだけで、本当に学習者自身に発見をさせているわけではありません。実際試してみれば分かりますが、この種の「疑問点の発見」を本当に学習者自身の自助努力でさせるのはものすごい時間がかかります。そういうことは大学生以上になってから1人1人が自分の時間を使ってやるべきで、集合教育の場、いわゆる「授業」の場でやるのはあまりにも効率が悪すぎます。

 そんなわけで、いくら「人は自分で調べて気がついた疑問とその答えは忘れにくい」とは言っても、実際にそれを集合教育で行うことはできません。どうしても講師の側から「知識を教える」という形をとらなければなりません。しかし、だからといって最初に見てもらった「地域と気温の単純列挙バージョン」のように、単に講師が一方的に知識をしゃべっておしまい、というスタイルではダメです。これでは、人から一方的に与えられる知識を受け身で聞いているだけになるため、すぐに忘れてしまいます。

 少なくとも、意外性のある特異点を探してそれを指摘しましょう。それが「単純指摘バージョン」です。できればそれを「体験再生型」にできるとなお良いですね。

 それが、「知識を教える」時に講師の立場でできる「一工夫」の一例なのです。

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