営業のコツというのはそんなもんなんだ感動のイルカ(1/2 ページ)

ビジネス小説「奇跡の無名人」シリーズ第3弾の「感動のイルカ」が再開します。引越しで感動させるアクティブトランスポートの猪股浩行CEOを主人公・猪狩のモデルにした今回の物語。なぜ、引越しで感動なのでしょうか? 第3回は猪狩が営業のコツを教わります。

» 2009年06月16日 13時15分 公開
[森川滋之,Business Media 誠]

筆者からのメッセージ

 「感動のイルカ」筆者の森川滋之です。

 4月2日に第2回を書いてから、2カ月以上も空いてしまいました。

 もしやフェードアウトしてしまったのではと心配になった読者もいらっしゃったかもしれません。いつ連載再開するのかというメールも多数頂きました。本当に申し訳なく、またありがたく思っております。

 連載を中断していたのには、実は理由がありました。

 主人公・猪狩浩のモデルである猪股浩行氏の経営するアクティブトランスポートで不幸な事故がありました。この事故で若いアルバイトの方の命が失われるという事態になってしまったのです。

 事故の原因が労務管理の不行き届きなどであれば、連載の中断も考えました。しかし、そのようなことはなさそうでした。念のために猪股氏にお会いしてその後の対応などについても聞きました。

 具体的な内容はご勘弁ください。ただ、逃げ隠れせず誠意を尽くしているとこんな奇跡的なことが起こるのかと思った次第です。一般論で恐縮ですが、事故や不正などがあった際には、結局普段からの心がけがモノを言うのであり、その時になって取り繕おうとしてもダメなんだなと改めて感じ入りました。

 遺族の悲しみはまだまだ癒えないと思います。亡くなられた方は本当に素晴らしい若者のようでしたから、悲しみもいっそう深かったかと思います。私としてはご冥福をお祈りする以外ありません。

 アクティブトランスポートとしては遺族への賠償や事故の裁判など、まだまだ対応すべきことは残っておりますが、筆者としては連載を再開してもよいだろうと判断いたしました。

 改めて、よろしくお願いいたします。

前回までのあらすじ

 ビジネス小説「奇跡の無名人」シリーズ第3弾「感動のイルカ」は、アクティブトランスポートの代表取締役CEOである猪股浩行さんの実話に基づく物語。主人公の猪狩浩(いかり・ひろし)は、よく理解しないままフルコミッションのテレアポ営業の職に就いた

 どうせ辞めるなら惜しまれて辞めてやると誓った浩だが、アポはまったく取れなかった。自分に営業の電話がかかってきても嫌なのに、人はもっと嫌だろうと思ってしまったからだ。浩は多くの時間を電話をかけたフリに使っていたのだった。そんな猪狩に部長が言った。「お前、このままだと、来月の給料はねえぞ」――。

 必死になる猪狩。テレアポにも自然と力が入る。ついにアポイントが取れた会社は日本××株式会社だった。社長との会話も弾み、ついに大口契約が結べたのであった。


 ようやく最初の契約が、それも大口のものが取れた浩だったが、どうやら運が良かっただけらしい。

 日本××株式会社のような新規開業で、しかもこれからOA機器を買おうと思っていた会社は、同じ業種にはもはや存在しなかった。別の業種にも電話をかけたが、1週間で小口の契約が3つ取れただけだった。

 契約が取れたときの感激が忘れられずに電話を掛けまくっていた浩だったが、さすがに1週間の実績がそれだけだったのを営業会議でつるし上げられたのにはこたえた。

 やる気がゼロになったわけではないが、熱い想いに水を掛けられた気分になった。

 それでも見ている人はいるものだ。課長の三善啓太は先週からずっと浩の様子を観察していた。そしていよいよ声を掛けるべきタイミングが来たと思った。

 浩は、喫煙コーナーでひとりぼっちでタバコを吸っていた。ときどきタバコの煙を吐く息が大きなため息そのものになり、過呼吸かと思うほど一息一息が速い人がいる。誰が見ても悩みや不満のある人の吸い方だが、本人はそのような気分を回りにまき散らしていることに気づいていない。啓太が声をかけたときの浩が、まさにそのような状態だった。

 「猪狩、どうだ。飲めるんだろう?」。啓太は、浩の正面に回ってニコっとし、おちょこを傾けるしぐさをした。

 浩は、実はそれまであまり酒を飲んだことがなかった。忘年会などの付き合いがあれば、おざなりに参加するだけで、飲んでて楽しいとは思わず、1次会が終わったらいつの間にかいなくなるタイプだった。

 浩が黙っているので、啓太はたたみかけた。「今晩、飲みに行こうぜ。どうせ帰ってもやることがないんだろう?」

 図星だった。何も言わずにうなずく浩を見て、啓太は「7時、ビルを出たところで待ち合わせだ。今日は二人っきりで飲みたいからな。いいな」とだけ言って、喫煙コーナーから立ち去った。

 東京の繁華街には至るところに路地がある。路地に入ると、何でつぶれないのかよく分からない小さな居酒屋が何軒かある。一見(いちげん)で入るのはためらわれるが、中に入ってみれば、高くもなく安くもない料理があり、世の中の酸いも甘いも噛み分けたような女将(おかみ)が気やすく話しかけてきて、無口な亭主が黙々と料理を作っている。

 啓太が浩を連れてきたのは、そんな店だった。ガラス戸を開けると、8人入ればぎゅうぎゅうのカウンターがあった。先客は3人。啓太が女将に目配せをすると、奥の6人も入ればいっぱいの座敷に通してくれた。

 何も言わないのに、びんビールとグラスが2つ、それと貝を煮たお通しが運ばれてきた。「料理はおまかせで」。啓太がそういうと女将は黙って出て行った。常連なのだろう。

 料理をつまみながら、しばらく世間話が続いた。何で誘われたのだろうと浩が思い始めたころ、啓太が切り出した。

 「売れないことを悩んでいるのか?」

 「……」

 沈黙を肯定と受け取った啓太は、次の質問を繰り出した。

 「なんで売れないと思う?」

 「それが分かったら、もっと売れるようになります」。浩はふてくされたように言った。

 「自分で思っている原因はあるんだろう」

 「うーん。口ベタだからかな」

 「なんでそう思う」

 「昔からそうだし、それに売ってる人は、しゃべりがうまい気がするから」

 「そうか。まあ、確かにお前は口ベタだな。でも、先週売れたじゃないか」

 「あれは、たまたま運が良かったから……」

 「まあ、運もあったかもしれない。でも、それだけか? 思い出してみろ。口ベタなお前の話を聞いてくれたんだろ? そのときどうだった?」

 「そりゃあ、うれしかったです」

 「うんうん。それで?」

 「それでって?」

 「そのお客さんに対して、お前はどう思った?」

 「ああ、だんだん好きになりました。オレの話を聞いてくれるから」

 「それだ!」

 「え? 何が? 何がそれなんですか?」

 「お客さんを好きになったんだろう? 営業の最大の秘訣(ひけつ)というのは、それなんだ」

 「えっ、意味が分からないです」

 「売ってるやつに2通りいるのに気づかないか?」

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