フルHDのハンディカムが産業の突然死を引き起こす!? 動画制作ビジネスの生き残る道とは最強フレームワーカーへの道

技術の進歩によって、ある日突然、特定領域のビジネスが成立しなくなることがよくある。最近の安価なフルHDカムの登場で動画制作ビジネスに激震が走っているのだ。

» 2009年09月01日 14時20分 公開
[永田豊志,Business Media 誠]
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 技術の進歩やオフショアビジネスによって、ある日突然、特定領域のビジネスが成立しなくなることはよくあることである。私の所属するWebサービスや映像サービス業界においても、以前は数百万円したソフトやサービスが、現在は月に数万円、場合によっては数千円で手に入れられるようになった。そうすると既存のビジネスは成立しなくなるので、業態を大きく変換しない限り、お仕事がなくなってしまう――という厳しい状況になる。その1つが動画制作業界、いわゆるハンディカム業界だ。

 ハンディカム業界と言っても、別にソニーの個別商品を指しているのではなく、小型ビデオカメラ全般を使って映像を制作する業界を指す言葉として聞いてほしい。12年ほど前には私自身がプロデューサーとして、ゲームやテレビ、CM、DVDなどのコンシューマ向けの映像制作サービスを行っていた。当時は基本的にはSD(標準画質)でも、やはり業務用のカムコーダでプロに撮ってもらわないと使えないというのが定説になっており、ゲームのオープニングムービーで2000〜3000万円、テレビCMで1000万円、安い部類の企業のビデオプロモーションでも300万円程度が相場だったと記憶している。

 ところが、現在はどうだろう。安い部類の企業ビデオでも、最近は50万円程度が相場になり、カメラマンディレクターの人件費や出演者のギャラを考えれば利益はギリギリ。もっと安くやれるSOHOカンパニーも多数あるだろう。このものすごいデフレは何が引き起こしたのか――。

動画のニーズは高まっているが……

 動画制作の相場や安くなった一方、動画のニーズ自体は高まっている。実際、1日に見る動画の視聴数は日を追うごとに増えているのだ。例えば、4月にイギリスの公開オーディション番組にスーザン・ボイルという無名の47歳の女性が出演したビデオは、視聴回数が最初の9日間で1億回近くに達して、YouTubeの記録を塗り替えた。広告効果としては、単純計算で100万ドル(日本円で約9300万円)を超えると言われている。

単なるおばさんから“YouTubeシンデレラ”になったスーザン。歌い始めた瞬間に、審査員の表情が変るのが見もの

 つまり、動画を視聴するニーズは劇的に高まっているが、プロに制作を依頼するニーズはそれにともなって増えていない。その大きな理由は3つある。

  1. ブログと同様に情報発信者自ら出演、シナリオ作成をするようになった
  2. HDの時代を迎え、民生用のビデオカメラの画質が恐ろしく良くなった
  3. YouTubeを始めとする動画ポータルによる配信チャネルの多様化

 特に(2)はすごいことになっている。トランジスタの集積密度は、18〜24カ月ごとに倍になるという「ムーアの法則」はデジカメやビデオカメラの解像度にも当てはまるのではないかと思うほどだ。試しに下の動画をみてほしい。

(編集部注:必ず「HD」ボタンを押して視聴してください)市場価格7万円程度のビデオカメラでこの画質。毛の1本ずつのディテールが出ている。YouTubeではこうしたフルHDカメラの使用テスト映像が多数アップされている

 これはYouTube HDの夏休み特集に投稿された素人のビデオ作品である。HDモードで見てもらえば分かるが、の毛1本1本のディテールが表現できている。困ったことに、数十万円(いや数百万円か……)をかけて5年ローンで買った業務用のビデオカメラよりも7〜8万円で手に入る小型のフルHDカメラのほうが画質いいという逆転現象が起こっているのだ。しかも、最近は安い海外からの輸入カメラも入ってきており、2万円台で手に入るものまで登場した。グリーンハウスのフルHDビデオカメラ「GHV-DV30FHK」は、Amazon.co.jpで2万5000円程度で取引されている。恐ろしい世の中だ。

 つまり、こういうことだと思う。ビデオを撮影するという付加価値がこの世から消え去ったということだ。ビデオ撮影という産業の突然死に近い。もちろん、映画やCMなどの撮影カメラマンで非常に高い技能と大規模な予算規模で仕事ができる人はいるが、多くの「撮影する」というファンクションには付加価値が付けられなくなっている。しかも、最近はユーザーの新鮮なアイデアのほうが、予算縮小でマンネリ気味のバラエティ番組しかない民放より、よほどクリエイティブで手の込んだものが多いのだ。では、映像サービスはどこで付加価値を付けていくのだろうか?

映像化のプロセスは価値を減らし、既存プロセスの置き換えに

 今後は映像そのものを商売にするというより、企業の営業や顧客サポート、社内研修などの「行かなければ成立しない」業務プロセスを映像で代用するのがいいのではないだろうか。カリスママーケッターとして有名な神田昌典さんも、最新の著書「全脳思考」で貴重な示唆をしている。

 (映像によって)、1対1の提案営業を1対1000のセミナー営業に切り替えることができる。

 これは営業に限らず、あらゆる業務プロセスで起こり得る。企業におけるコミュニケーションは映像によってもっと分かりやすく、簡単にスピーディに行われるようになるだろう。

 私の会社でもさまざまな企業向け動画プロモーションを制作しているが、今一番ホットで引き合いが多いのが、上記のような業務プロセスの動画への置き換えだ。当社ではこれを「クイックウェブセミナー」という商品として、60分間の撮影・編集から動画配信、視聴率解析リポートなど1パックで25万円で提供している。撮影と同時に編集をリアルタイムに行い、撮影終了時には完成版のDVDを渡し、後日Web上で配信というスピード感でやっている。クライアントはこうした動画コンテンツを全国の営業所に社内研修用として配信したり、代理店向けへ新製品の販売戦略説明資料として使ったりしているのだ。

 最後にまとめると、映像機器と動画ポータルに代表される配信チャネルの多様化によって「映像化」のプロセス自体には価値がなくなってしまった。むしろ、映像を使って「既存プロセスの何を置き換えることができるのか?」が勝負である。

 そういう意味では、まだまだ動画ビジネスにはチャンスがたくさん残されている。映像が伝えることのできる情報量はすさまじい。まだ、企業内ではうまくこのメリットが生かされていないのが現状だろう。そして、映像制作に関わる人はすべて、自分のビジネス領域が根底からくつがえる中で、本当に何に価値を見出すべきかを真剣に検討しなければならない。

 今日も明日も、また新しいYouTubeシンデレラが生まれてくるに違いない。次のスーザン・ボイルは誰なのだろうか?

著者紹介 永田豊志(ながた・とよし)

 知的生産研究家、新規事業プロデューサー。ショーケース・ティービー取締役COO。

 リクルートで新規事業開発を担当し、グループ会社のメディアファクトリーでは漫画やアニメ関連のコンテンツビジネスを立ち上げる。その後、デジタル業界に興味を持ち、デスクトップパブリッシングやコンピュータグラフィックスの専門誌創刊や、CGキャラクターの版権管理ビジネスなどを構築。2005年より企業のeマーケティング改善事業に特化した新会社、ショーケース・ティービーを共同設立。現在は、取締役最高執行責任者として新しいWebサービスの開発や経営に携わっている。

 近著に『知的生産力が劇的に高まる最強フレームワーク100』『革新的なアイデアがザクザク生まれる発想フレームワーク55』(いずれもソフトバンククリエイティブ刊)がある。

連絡先: nagata@showcase-tv.com

Webサイト: www.showcase-tv.com



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