やっかいな部下との評価面談、成功のカギは「納得を引き出す」新人マネジャー田所晋一の場合

新人マネジャーが頭を悩ませがちな人事考課。部下との関係を良好に保ちながら評価面談を行うためには、「納得」を引き出してやるのがポイントだ。

» 2009年11月27日 11時00分 公開
[鳥谷陽一,Business Media 誠]

前回までのあらすじ

 田所晋一(30歳)は、この春に会社のトップセールス(営業)から、専門知識や業界情報などの提供によって営業部隊をサポートする営業推進課へ異動の命を受けた。しかもそこの責任者として。実務経験も知識も豊富なベテランで年上の部下ばかりの中、不安だらけのマネジメントがスタートした。

第1回:突然の異動、そして……

第2回:やっかいな部下との評価面談、成功のカギは「納得を引き出す」

第3回:「サムライジャパン」に込められた意味とは――リーダーならビジョンを示せ

第4回:「予想外」をチャンスに変える――マネジャーとしてのキャリア開発


 「課長になって、もう半年か」

 田所が課長になってから、最初の秋が巡ってきた。業務的にも立場的にも劇的に変化した環境の中で、ここまで何とかやってこれたことへの小さな満足感はある。しかし同時に、キャリアも年齢も上の部下を率いていくことへの不安は、いまだ消えていない。

 秋は評価の季節でもある。期の初めに立てた目標の評価準備に各自が入るのも9月中旬からだ。各人の自己評価からスタートするというのは、営業時代とまったく同じ。しかし、今回は立場が違う。いよいよ「他人を評価する」というアクションが加わるのだ。

 ざっとみたところ、部下たちが記入してきた今期の成果は、実際の成果と比べかなり誇張してPRしているようだ。自己評価が甘すぎる……嫌な予感だ。

部下との初めての評価面談、しかし……

 「営業担当者への販促ツールの作成は、ほぼ予定どおり仕上がりました。内容の検証はこれからですが、納期には余裕をもって作成できましたし、社内説明会も予定の期間よりも早く終了できました」

 部下の一人である大久保から、自己評価の結果説明を受けたのが、初めて「評価は難しい」という不安が現実のものとなったときだった。大久保は自身の評価に「S」を付けてきたのだ。

 「S評価というのは、ちょっと高すぎませんか? ほぼ予定どおりであればB評価、何か抜きんでた実績があればA評価ということですから、それにも届いていないと思いますが──」

 できるだけ冷静に話したつもりだった。しかし、すぐに大久保の語気の荒い反論がかえってきた。

 「田所さん、あなたは私の何を見てきたと言うんですか、このマニュアルを作ること自体、どれだけ難しいことなのか分かってるんですか!」

 かろうじて敬語ではあったが、内容そのものは上司への説明とは言い難いものであった。「おまえに何が分かる」。要約するとそういう意味になる。

 部下と接していて、田所はいつも思うことがある。専門性で勝負してはいけない――自分よりも経験が長い部下に専門性を振りかざされると、自分の立場が極端に弱くなるからだ。評価のときはなおさらである。

 数字という具体的な結果で、客観的な評価ができた営業であれば、こういう悩みはないのだろう。しかし、営業推進課のような部署では、成果の多くは数字では計れないものとなる。それらをもとに評価を下さなければいけないということは、初めての経験だった。こんなことなら、目標設定のときにもっと認識をすり合わせておけばよかったと思いながらも、「時すでに遅し」だった。

「評価へのプロセス」を事前に用意しておこう

 「評価は、公平を目指しては駄目なんだ。重要なのはメンバーの納得なんだ」

 例によって頼れる先輩の杉浦に相談した。そのときに開口一番もらったアドバイスが、「納得を引き出せ」ということだった。

 「大久保さんとの面談に望む前に、どれくらいの準備をした? まさか手ぶらで行ったわけじゃないだろうな」

 そうです、とも正直に言えず、

 「杉浦さんは、何を持っていかれるんですか」

 と切り返した。

 「評価メモ、これだよ」

 杉浦は、カバンから手帳をとりだし、更にそこにはさんでいた小さなメモ帳を出して見せた。

 「いつ、どこで、何が起きたか、それはなぜ良かったのか、悪かったのか、このような出来事とその経緯を書いて集めておくんだ」

 「はー、大変そうですね」

 田所は、自分にはそんな面倒な作業はできないと感じて、気のないリアクションをした。

 「こんなことして何になる、そう思っているんだろう。しかし、これが実は評価の大切な材料にほかならないんだ」

 杉浦は立ち上がって、ホワイトボードに「納得の源泉」という文字を書き出した。

 「納得の源泉? それがこのえんま帳ですか?」

 「えんま帳じゃない、評価メモだ。部下というのは、評価結果とは別の次元で、評価結果を出すまでに上司がどこまで材料を集め吟味してくれたのか、その上での評価なのか、それとも適当に評価したのかということにこだわりを持つんだ」

 田所は、杉浦のアドバイスに評価のわずらわしさを感じたが、この手間暇をかけることが評価には一番重要であるという説明にはピンとくるものがあった。確かに、評価面談のときに「こんなことを言えばすべて丸くおさまる」という魔法の杖のようなスキルはないのだろう。

 「どうして手間暇をかけて準備をして、それを説明することで納得が得られるのでしょうね?」

 田所は何となく分かりかけてきた答えを杉浦に求めた。

 「上司の詳しい説明があれば、部下にとっては次の期のヒントになる。つまり、上司が期待する水準というのが説明によって理解できれば、次はそこを意識しようと思えるということだ。逆にこの説明がなければ、どうがんばっても上司の好き嫌いで評価が決まるのだと思われてしまう。この差が大きいんだ」

 杉浦は続ける。

 「部下を納得させるためだけじゃない。評価の材料を集めることは、部下の足りない能力をどう伸ばすかという気づきにもつながる。その意味では、評価に手間暇をかけることが、自分のマネジメント力を向上していくことになるんだ」

 力強い杉浦の言葉に田所は何かの確信を得た。

 「なるほど、そうですね。評価を通して自分が成長しなくっちゃ。この後4時から、面談が入っています。評価の材料をこれから準備します!」

 深く腰掛けていた椅子から素早く立ち上がった。

 「えー、4時ってあと1時間しかないじゃないか……?」

 驚く杉浦をよそに、田所は会議室を勢いよく飛び出した。

今回出てきた「マネジメントのKey Words」

  • 納得の源泉

著者紹介 鳥谷陽一(とりや・よういち)

 プライスウォーターハウスクーパースHRS ディレクター。金沢工業大学大学院 客員教授(組織人事マネジメント)。東京都立大学(現・首都大学東京)経済学部卒業後から一貫して、組織・人事戦略に関わるコンサルティングに従事。2000年までは産業能率大学において人材開発コンサルティング、マネジメント研修プログラムの開発、講師を担当。2001年からプライスウォーターハウスクーパースHRSにて人事制度全般のプロジェクトマネジメントの豊富な経験を積む。著書は『ミッション』(プレジデント社)、『新任マネジャーの行動学』(共著・日本経団連出版)など多数。


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