『電子書籍の衝撃』の衝撃――まだ全員が分水嶺最強フレームワーカーへの道

米国でiPadが異常な売れ行きです。このiPadの魅力が電子書籍です。先行するKindleを含めて、今年の秋以降は大きなプラットフォームが立ち上がりそう。そんな状況を解説したのが書籍『電子書籍の衝撃』でした。そこで筆者なりに電子書籍ビジネスについて考えて見たいと思います。

» 2010年05月24日 15時00分 公開
[永田豊志,Business Media 誠]
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 米国でiPadが異常な売れ行きです。5月28日の発売日が迫る国内でも、先日予約が締め切りになりました。

2010年秋以降、電子書籍の大きなプラットフォームが登場

 非常に多機能なiPadですが、筆者はスティーブ・ジョブスCEOがiPadのプレゼンテーションのときにやったデモの中で最も魅力的だったのは、電子新聞や電子書籍の「ページをめくる」という動作のときでした。

 当初開発段階で「大きなサイズのiPhoneを準備中」と聞いたときには、それが何のメリットがあるか、正直分からなかったのですが、デモを見たときに、その意味が分かったのです。「そうか、本のサイズだ!もう拡大しなくても、本と同じようにめくるだけで済むんだ!」と気づいた次第です。

 実際、iPadにはiBookstoreというiTunesの書籍版ストアが利用できるのです。1曲気軽にダウンロードして、好きなときに聞けるiTunesのように本を買えるとしたら、ライフスタイルが大きく変わるでしょう!

Appleの公式ページより。書棚にリアルの本があふれかえっている筆者としては、このようにスマートに管理できると本当にうれしい。当然ながら、電子書籍リーダーとしてだけでなく、豊富なアプリやiTunesコンテンツも使えるのが強み。表示はキレイだが、本として考えるとバッテリの持ちに不満が残る

 先行している電子ブックリーダー「Kindle」もすでに第2世代。米Amazon.comはKindleの出荷台数を公表していないものの、ジェフ・ベゾスCEOはさるイベントで「数百万台」とアナウンス。iPadの登場に対抗して、第1世代のKindleを米Amazon.comの一部顧客に無償で配布をするとの記事もTechCrunchが掲載しています。バーンズアンドノーブル、ソニーなど数社の電子ブックリーダーも入れてると、まさに、役者がそろったタイミング。Kindleはまだ、日本語対応していませんが、2010年秋以降には日本語を含む電子書籍のための大きなプラットフォームが立ち上がりそうです。

Kindleの廉価版は259ドル。電子ブック専用リーダーとして、iPadのような多彩な機能はないが、バッテリーの持ちが良く、目も疲れにくい。本をダウンロードするときの通信費はAmazonが支払っているから、ユーザーは何も気にする必要もない。買ったその日から、本を買い、読めるのが特徴だ。

電子書籍ビジネスは現在、まだ全員が分水嶺にいる

 着目すべき視点は、電子ブックリーダーの性能比較ではありません。リーダーの性能は競争が激化する中、より精細でバッテリの持ちが良く、安価なデバイスが増えるだけで読者にとっては歓迎すべきことばかりです。それより気になるのは、このプラットフォームがどのようなビジネスモデルの大転換を起こすのか、ということなのです。書き手は? 出版社は? 書店流通は? そして、本を読むというライフスタイルはどうなってしまうのでしょうか。

 そう考えていた矢先に、気鋭のジャーナリスト佐々木俊尚さんが書いた『電子書籍の衝撃』が刊行されました。この本は2010年4月に発売したばかりですが、電子書籍がもたらす想像を絶するパワーと大きな業界転換を予測。筆者はまさに“『電子書籍の衝撃』の衝撃”を受けたわけです。

 佐々木さんも指摘している通り、実は日本の出版業界も過去に何度か電子書籍へ挑戦しています。日本の十八番である小型電子機器技術を駆使して、電子ブックリーダーも開発しました。本来であれば、世界に先駆けて電子書籍のプラットフォームを押さえられたはずなのですが、出版社や書店、取次会社(書店へ本を流通させる卸会社)などの利害関係が複雑なために、すぐに空中分解してしまいました。そして、電子書籍というとてつもない大きなプラットフォームは海を渡り、米国の2人のカリスマCEOの手によって、独占されようとしています。日本人としては、なんとも歯がゆいところです。

 さて、筆者が一番気になるのは、この電子書籍という新しいサービスがどのような人あるいは企業にとって、「機会」あるいは「脅威」となるのか。はたまた、どのような「強み」を持つ人あるいは企業が機会を活かすことができ、どのような「弱み」を持つ人や企業にとって、死活問題になるのか、ということです。まさにSWOT分析です。

 というのも、筆者は出版業界において、過去から現在に至るまで複数の視点から関わっているからです。現在は、ビジネス書の「書き手」であり、かつては本の編集責任者として「出版社」を取り仕切っていた経験があり、今はIT企業の経営者として、この電子書籍におけるビジネス機会をうかがう身だからです。こうした多重人格的な視点で、出版業界を見れば、この『電子書籍の衝撃』が非常に大きな分岐点であることは間違いありません。後は、その衝撃がどのように関係者を揺さぶるのか――ということです。

 どんなにWebサービスが便利になろうとも、どんなにブロードバンドが普及しようとも、本だけは蚊帳の外で、独自のビジネスモデルを維持してきました。しかし、黒船の砲台から放たれた弾は出版業界という名のダムに大きな亀裂を生み、そこからダムの水が流れ出したのです。この水は、やがて川を作り、海へと続くでしょうが、新しいビジネスに参加する一方から見れば機会と躍動に満ちた海ですが、もう一方からすると脅威と失意に満ちた海です。

 とはいえ電子書籍というビジネスは現在、まだ全員が分水嶺にいます。だからこそ、戦略を取り違えないようにしないといけません。最悪は、戦略を検討しない、この状況を看過すること。そうした企業は、間違いなく失意の海へとまっしぐらです。

 次回、この電子書籍を巡るさまざまな関係者の視点から、どのような「機会」「脅威」があり、機会を最大限に活かせる「強み」は何か、脅威にさらされる「弱み」は何か、を論じてみたいと思います。

著者紹介 永田豊志(ながた・とよし)

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 知的生産研究家、新規事業プロデューサー。ショーケース・ティービー取締役COO。

 リクルートで新規事業開発を担当し、グループ会社のメディアファクトリーでは漫画やアニメ関連のコンテンツビジネスを立ち上げる。その後、デジタル業界に興味を持ち、デスクトップパブリッシングやコンピュータグラフィックスの専門誌創刊や、CGキャラクターの版権管理ビジネスなどを構築。2005年より企業のeマーケティング改善事業に特化した新会社、ショーケース・ティービーを共同設立。現在は、取締役最高執行責任者として新しいWebサービスの開発や経営に携わっている。

 近著に『知的生産力が劇的に高まる最強フレームワーク100』『革新的なアイデアがザクザク生まれる発想フレームワーク55』(いずれもソフトバンククリエイティブ刊)、『頭がよくなる「図解思考」の技術』(中経出版刊)がある。

連絡先: nagata@showcase-tv.com

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