「売らない」で売上900%増のアパレルショップ幸せのものさし(3/3 ページ)

» 2010年07月12日 15時00分 公開
[博報堂大学 幸せのものさし編集部,Business Media 誠]
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 北山さんによると、一般的には売り場ではないと思われている倉庫の中でも、売上げはつくれると言う。

 倉庫の中は窓もない、ほかに話し相手もいない、外部情報がシャットダウンされた場所なので商品の動きがよく見える。その動きをひたすら「観察」し、季節・曜日・時間帯で予測しながら、よく出る商品は出入り口の近くに、そうでない商品は奥へときめ細かく動かし整理していく。

 そうすると、売り場のスタッフが品出しで急いでやって来ても目的の商品が倉庫の出入り口近くに積まれているので、すぐに売り場に戻ることが出来る。そこで短縮された時間は「売り場にそのスタッフが立っている時間」としてお客さまに還元される。

逆に言えば、スタッフが一人品出しに追われて売り場を空けているときに、お客さまをウォッチするスタッフの目線は確実に減っている。その違いが、顧客満足や販売数字に如実に表れる、ということを北山さんは新人時代の倉庫勤務で体得していた。

 北山さんの思惑通り、チーフを立てることでお店の売上げがさらに上がっていった。このように、各分野が完全に機能していくと、お客さまをお迎えする体制が整ってくる。

 「だからわたしは、業績はチーム全員のおかげ、売り場にいようが倉庫にいようが、みんなでつくった売上げですから個人売上の数字ではなく、売り場単位の売上評価をしてほしいと本社に伝えていました。本社は君の店だけ例外は認められない、と受け付けませんでしたが、そこだけは絶対に譲りませんでした」

 実際は、倉庫スタッフも含めてチーム全員で接客しているのだから、たまたまたくさん直接接客した人だけが評価が上がる仕組みは北山さん的には絶対に許されないものだった。その後は上から何と言われても売り場単位の売上をスタッフの人数で割った数字を報告した。それは会社のルールと噛み合わなかったが、北山さんの店の成績がどんどん上がっていったので、会社も治外法権を認めざるを得なかったのだ。

「人が人にもっとやさしくいられるために」

 北山さんの思考は一貫している。いいところを見つけて好きになること。どんな人やモノに対しても平等に愛情を注ぐこと。それは家族に対しても、友だちに対しても、お客さまに対しても全くベクトルがぶれない。商品に対しても、商品をつくった人に対しても、スタッフに対しても、その目線は一貫している。

 「いつでも愛情をもって人に接したいと思っています」と北山さんは言う。お客さまとスタッフが人対人で接する販売の現場は、その気になれば本当は「やさしさ」で満たすことのできる空間だ。

 「スタッフ同士が心から笑顔になってストレスがなくなって、はじめてお客さまが笑顔になれるんです」と北山さん。お客さまの前でだけ表面的な「やさしさ」「ホスピタリティ」を醸し出そうとしても、バックヤードにストレスがあったらそれは確実にお客さまに伝わってしまう。

 もっとたくさんのお店が「好き」というやさしい気持ちを「ものさし」にしたら、さぞ日本中に居心地のいいお店が増えていくのではないだろうか。消費だってもっと活性化するかもしれない。

 北山さんは、お店のスタッフやマネージャー、そして経営層の「競争のものさし」を1店、1店「争わない、やさしいものさし」に変えていく、手間と時間のかかる仕事を今日も続けている。

「競争のものさし」を変えてみたら……?

 北山さんは、競争文化を共有文化に変えることで「情報」という“商売道具”を店舗全体で共有し、そのことで店舗全体の業績を飛躍的に向上させた。つまり、業績UPのものさしを、個人間の業績数字競争から、店舗全員での情報共有度UPの取組みへ、と大きく転換したのだ。

 積極的に共有度を高めている組織では、相互の信頼感が上がり、チームワークがとても円滑になる。その結果、顧客満足度が上がり、業績も向上する。こういう状態にある組織(チーム)は非常に強い。

 近年は、組織をまたいだ横断型のプロジェクトチームや、時には複数の企業でのジョイントベンチャー型の協業のケースが増えている。1つの組織の中での共有も難しいのに、さらに組織間の壁(相互不信や被害者意識)が共有を阻害する。

 こうした状態をブレークスルーするポイントは、北山さんのケースと同様「なんのために、一緒に働いているのか」という目的意識の共有だろう。北山さんたちのように販売・接客業であれば、『全てをお客さまのために、お客さまの視点で考える』ということが共有目的となる。目的が本当に共有できれば、そのために必要な行動(各自の手持ち情報を全面公開し、共有するなど)は自ずと実践されていくだろう。

 組織の壁を越える、ということは逆に言えば自分の組織だけでは達成できない大きな目標達成が可能になるということだ。組織横断のチームでメンバー全員がシンクロし、大きな成果を上げているときの“全能感”“達成感”ほど、気持ちのいいものはない。この仕事をしていてよかったと思える幸せな瞬間である。

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人も少なくありません。そのような中、世の中の変化を前向きに捉え、新しい「ものさし(価値観)」を提示する人が現れています。

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