従来の市民運動は「他者に対して過剰に攻撃的」――消費と生産をつなぐ社会的企業のパイオニア幸せのものさし(3/3 ページ)

» 2010年07月14日 16時10分 公開
[博報堂大学 幸せのものさし編集部,Business Media 誠]
前のページへ 1|2|3       

 多くの先鋭的有機農業家は孤立していて閉鎖的であるという話をきいたこともある。藤田さんは、自分たちの運動がそうしたほかの個人や団体の活動のモデルになって、全体としてより大きな運動につながっていけばいいと考えている。

 「自分たちの後から、いろんな取組みがついてきました。最近は生協も随分こっちに近づいてきたと思います」

 そうした企業は競争相手ということになりますよね? と敢えて聞いてみると、藤田さんはこんな話をしてくれた。

 「日本の市民運動の問題は、自分たちが正しくて相手が間違っている、といって他者に対して過剰に攻撃的になる傾向があることです。あるいは自分たちは意識が高いと上から見下して、世間がついてこないのを大衆の意識が低いせいにするようなところもありました。でもそれは、実は競争意識の裏返しなんですね。

 我々が目指しているのは、幸せを有限なものと捉えて奪い合うのではなく、みんなが幸せになれるモデルを考えていくことです。そういう思考の中では、自分たちが切り開いたモデルの上にいろんな企業が参加して結果として我々が目指す社会への変化を加速していくことは、むしろ大歓迎なんです。

 我々の会もまだ食品産業全体の中ではマイナーな存在です。日本の農業全体に占める有機農法の比率もわずか0.1%に過ぎません。日本の農家の中で、わたしたちの提携農家の数も0.1%にも届きません。こうした現状の中で後から来る人たちにモデルを示すのが自分たちの役目だと思っています」

消費者は生産者のパートナー

 藤田さんたちの「大地を守る会」は「生産者と消費者をつなぎ、顔の見える関係にしてお互いの不信感を払しょく」することで「生産、流通、消費を一度に変えよう」としている。毎月、日本のどこかで開催されている“交流会”が「消費者」と「生産者」の出会いの場だ。

 「大地を守る会」のユニークネスは、日本の第一次産業、ひいては日本の自然を守る、という理念のために会員組織で生産活動を支援するというその経営思想にある。実際に全ての会員がこの理念を理解しているかどうかは別として「会」の提唱する“ものさし”の画期性はここにある。

「消費のものさし」を換えてみたら……? 

 アルビン・トフラーは今から30年も前に「今後、消費者が主体的に生産に関るようになり、“プロシューマー”というべき存在に進化する」とすでに予言していた。

 “消費者が王様” と奉られる消費資本主義経済の中で、いつのまにか生活者が生産から切り離され「消費だけする者」としての分業化が進んだ。近代的な都市や、機能的なオフィスビルがその分業化の受け皿となった。生活の場自体が全て分業化されていったのだ。

 その行き過ぎが現代社会のストレスを招いている、とわたしたちは考えている。人間には本来、自らの手で何かを創り出したい欲求があるはずだ。今、園芸や農業体験が都市でちょっとしたブームになっているのは、もう一度生産力を取り戻したい、という消費者の潜在願望の現われと言えるのではないだろうか。

 藤田さんたちは「交流会」を通じて生産者と消費者をもう一度つなぎ直す活動を続けている。生産(者)と消費(者)を分業化するのが効率的、という思想がちょっと古いものさしになってきたのは明らかだ。

 昨今の不況のなかで「手作りスイーツ」「お弁当男子」といったトレンドに象徴されるように、節約も兼ねて生活者が今まで他人まかせにしていた作業を自前でする傾向が伺える。もちろん安上がりという側面もあるが、それ以上に、自分でやってみると意外に楽しいことを、自分ではできないと諦め、他人にその楽しみも譲り渡していたという事実に目覚めたというのが真相ではないか。

 最近の消費離れと言われる現象の裏には「消費だけする生活」への飽きや疑問があると推測する。生活者を積極的に生産の現場に巻き込むことが、今、消費をもう一度活性化する決め手になるのではないか。

 例えば、自転車。数十万円、ものによっては100万円近い価格のフルカスタムメイドの自転車が普通に売れている。ここでは買い手は工房のプロと一緒に最高のマイ・バイクを作り上げる“プロシューマー”である。こうした嗜好性の強いマーケットは、不況に強い。ワン&オンリーのものを手に入れる体験はいつの時代でも消費の喜びを満たしてくれる。逆に、大量生産され、いつでも、どこでも、誰でも手に入るものを買う喜びが減衰していると感じる。

 消費者を生産の現場に巻き込むマーケティングは、言い換えれば、量産品や量販店といった20世紀型ビジネスへのアンチテーゼでもある。規模は小さくても、確実に市場価値のあるワン&オンリーのマーケットを意図的に創出していくことが、これからのマーケティング戦略のカギになると考える。

そこには、買い手と売り手のWin-Winの関係が成立する。彼らの間で成立しているのは単にモノと対価を交換し合う、という関係だけではない。彼らはお互いにモノを媒介にしながら、ディープなコミュニケーションの喜びを手に入れているのだ。

『幸せの新しいものさし〜一足先に次の豊かさを見つけた11人』とは

『幸せの新しいものさし』 『幸せの新しいものさし』

 今、金融不安や政治混迷の中で、世の中の先行きが見えないことに不安を感じている

人も少なくありません。そのような中、世の中の変化を前向きに捉え、新しい「ものさし(価値観)」を提示する人が現れています。

 本書では、その代表的な人物として、『日本でいちばん大切にしたい会社』著者の坂

本光司氏、社会貢献運動「TABLE FOR TWO」の小暮真久氏、男性の育児を提唱する安藤哲也氏など、11人を取材。彼らが提示する「ものさし」から、今後のビジネスやマーケティングに活用できるヒントを探ります。


前のページへ 1|2|3       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ