連載
» 2010年07月23日 18時30分 UPDATE

518日間のはい上がり:人の下では働きたくないんだ!

今度という今度は、つくづくサラリーマンがイヤになった。所長にも噛みついたけど、そもそも人を育てるという感覚がないから、俺の言うことなんか左の耳から右の耳へ素通り。こんな会社辞めてやる!

[森川滋之,Business Media 誠]

連載「518日間のはい上がり」について

 この物語は、マイルストーンの水野浩志代表取締役の実話を基に再構成したビジネスフィクションです。事実をベースにしてはおりますが、主人公を含むすべての登場人物は作者森川滋之の想像による架空の人物です。


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 今度という今度は、つくづくサラリーマンがイヤになった。

 会計事務所で働いてるんだが、俺は簿記をかじった程度なんで、アシスタント的な仕事をしている。とは言っても、俺がいなければ、この事務所のIT関係はストップしちゃうんだけどね。

 会計士なんて一人で仕事をしたいってやつが多いんだよね。だから、入った当初は仕事が分からなくて困った。誰も教えようって気がないんだ。所長にも噛みついたけど、そもそも人を育てるという感覚がないから、俺の言うことなんか左の耳から右の耳へ素通り。

 しかたないんで、一人一人かき口説いたよ。

 「まあ、これから発展していく会計事務所だから、いまから人材育成のしくみを作っていかないといけませんよね」なんて言いながら、数字オタクみたいな連中を一人一人飲みに連れてったりしてね。

 ところが、どうも反発するやつが多いんだ。「仕事は盗んで覚えるもんだ」とかかび臭いことばかり言ってね。最初はちょっと腹が立ったけど、俺も大人。

 『他人を思いのままに操縦する本』なんていうのを本屋で見つけてきて、一生懸命勉強した。NLPっていうの?

 まあ心理学だよね。あれを応用した。俺はぜんぜんやつらに逆らわない。やつらが人材育成が大事だよという考えを元から持ってたみたいに錯覚させてね。こちらは「いやあ、素晴らしいお考えですね!私にも是非協力させてください」って言うだけ。

 結局勉強している人間が勝つんだよ。あとは、ちょろいもんだった。それでもね、2年ぐらいかけて一生懸命やったんだ。

 それを所長のバカヤローと来たら、俺を呼びつけてこういいやがった。

「金田君、最近みんな人材育成なんてことに夢中になって仕事量が減ってるんだ。それで、田中会計士に聞いたら、君にそそのかされたって言うんだけどね……」

 何だよ、いざとなったら俺ひとりが悪者かよ! やってられないぜ。だから人の下で働くのはいやなんだ。

 朝から雨。街全体が水をかぶった埃(ほこり)のにおい。関東も梅雨入りしたらしい。

 場末感の漂う居酒屋の座敷で、以前勤めていたIT企業で同僚だった安良城守(あらき・まもる)と飲んでいる。20年前からそこにあるという風情のテレビでは、シドニーオリンピックまであと90日って、国営放送の色気のない女子アナがしゃべっている。

 「安良城、知ってる? 今度首相になった森がさあ、IT立国とかって言ってるの?」

 「知ってるよ。最初はイットとかって読んでたけどな」

 「ところでさあ、おまえ今の会社で満足?」。我ながら唐突だけど、本題に入っていく。

 「うーん。そうだなあ、給料はそこそこいいしな。最近仕事多いから」

 ちょっと前まで2000年問題というので大騒ぎしていたので、IT屋は儲かってたんだ。それとインターネットの普及のおかげで、なんとかドットコムなんて会社が雨後の筍のように出てきて、IT業界全体が活気づいてる。

 「でもさあ、安良城ぐらいの腕があればさあ、自分でやったほうが儲かるんじゃない?」

 「かもしんない。それより自由のほうが欲しいけどね」

 「せっかく国がIT立国とかって言ってるんだし、一旗あげたいと思わない?」

 「ん? 何か企んでるの?」

 「レンタルサーバーが儲かるらしいんだよ。ただサーバーを貸すだけだとイマイチなんだけど、ちょっとしたアプリを作ってやったり、バックアップなんかをやるぐらいで、けっこうな利益らしいぜ」

 「面白そうだな。会社つくるの?」

 「そのつもり」

 「でも、おまえ金あるのか?」

 もちろん俺に貯金などあるわけがない。でも、今ならITで起業するといえば、1000万円ぐらい借りられると思う。会計事務所にもそういう相談くるの見てるから、けっこうちょろいみたいだ。ただ、それだけでは心もとないので、こいつを誘ってるんだ。

 「まあ、なんとか1000万円ぐらいは用意できると思うよ」

 「そうか。俺もその程度なら、貯金あるよ」

 思ったとおりだ。腕はいいけど、趣味のないやつだから、そのぐらいは引き出せるはず。

 「ほかに入りたそうなやついる?」

 「そうだな。山城と北見あたりは誘ったらくるかもしれないな。聞いてみるよ」

 次の日、安良城から電話があり、山城がやりたいと言ってたとのこと。山城は金がないけど、従業員でいいかとのこと。人手はいくらでも欲しい。OKした。

 よし、これで俺も一国一城の主だ。

 かみさんは、俺のことがあまり好きでないらしく、夫婦の会話はほとんどない。それでもこれは祝福してくれるだろうと切り出した。

 「おい。喜んでくれよ。独立してレンタルサーバーの会社をやることにしたんだ。おまえもこれで社長夫人だぞ」

 反応なし。

 「おい、ねえってば。社長夫人になれて嬉しくないの」

 「ぜんぜん。それよりも借金の連帯保証人だけはごめんだからね。ほかをあたって」

 そういうとかみさんは別の部屋に行ってしまった。腹が立ったので、ゴミ箱を蹴ったら、右足の小指が当たってしまい、声も出せずにうずくまってしまった。

 翌日、所長に辞表を提出。ちょっと冷静になれよと言ってくれたが、俺の意志が固いので慰留を断念した。その代わり、毎月これだけは仕事を請けてくれてと言われた。

 集計の電算処理があるのだけど、自分たちではトラブルがあっても対応できないからという理由。月額手取り13万円の仕事だけど、なんかの足しになるだろうと引き受けてやることにした。

 かみさんが連帯保証人になってくれないので、安良城に頼み込む。人のいいやつだ。共同経営者なんだからそのぐらいいいよと二つ返事。

 しかし、世の中本当にちょろい。俺の書いた適当な事業計画書(とはいえ、元ネタは会計事務所にあったんだけど)で、銀行は1000万円本当に貸してくれる。

 これで株式会社にできる(注:当時は株式会社の最低資本金は1000万円だった)。船出を意味する、ボン・ヴォヤージュという社名にした。まさに意気揚々だ。

 さて……。

 一生懸命働いたとは思うんだよ。ネット広告も出したし。ただ、残念なことに営業経験のある人間がいなかったんだよな。

 そう、たった半年だった。2001年の1月に資金がショートして、解散することになった。山城にはとりあえず給料を払ったので、文句はなかったのだけど、安良城がお前にだまされた、民事裁判にすると騒ぎ出した。

 結局、親に頼み込んで連帯保証人になってもらい、安良城の連帯保証人をはずして、さらに安良城からも借金をするという形で和解した。

 36歳の俺には借金1500万円と、代表取締役金田貴男とある株式会社の登記だけが残ったんだ。

 世の中、それほどちょろくなかったようだ。

次回へつづく

著者が提唱する「333営業法」とは?

 著者・森川滋之が、あの「吉田和人」のモデルである吉見範一氏と新規開拓営業の決定版と言える営業法を開発しました。3時間で打ち手が分かるYM式クロスSWOT分析と、3週間で手応えがある自分軸マーケティングと、3カ月で成果の出る集客ノウハウをまとめた連続メール講座(無料)をまずお読みください。確信を持って行動し始めたい方のためのセミナーはこちらです。

著者紹介 森川滋之(もりかわ・しげゆき)

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 ITブレークスルー代表取締役。1987年から2004年まで、大手システムインテグレーターにてSE、SEマネージャーを経験。20以上のプロジェクトのプロジェクトリーダー、マネージャーを歴任。最後の1年半は営業企画部でマーケティングや社内SFAの導入を経験。2004年転職し、PMツールの専門会社で営業を経験。2005年独立し、複数のユーザー企業でのITコンサルタントを歴任する。

 奇跡の無名人シリーズ「震えるひざを押さえつけ」「大口兄弟の伝説」の主人公のモデルである吉見範一氏と知り合ってからは、「多くの会社に虐げられている営業マンを救いたい」という彼のミッションに共鳴し、彼のセミナーのプロデュースも手がけるようになる。

 現在は、セミナーと執筆を主な仕事とし、すべてのビジネスパーソンが肩肘張らずに生きていける精神的に幸福な世の中の実現に貢献することを目指している。


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