最初の一歩をうながすためにはメッセージを一言に絞り込もうプロ講師に学ぶ、達人の技術を教えるためのトーク術

プロの研修講師が企業研修の依頼を受ける場合、受講者とかかわる時間は1日から長くても数日程度しかありません。その短い時間を有効に生かすために大事なのが実は「メッセージを一言に絞り込むこと」です。これは講師に限らず、短時間で人の行動に影響を与えたい場合の鉄則です。

» 2010年09月28日 13時13分 公開
[開米瑞浩Business Media 誠]
吉見さん

 それは今年の9月11日の午後のこと。

 開米はこの誠 Biz.IDでもおなじみの吉見範一さんと、横浜のファミレスで秘密の作戦会議を開いていました。テーマは「吉見さんの新しい講演シナリオ作り」です。

 吉見さんは営業コンサルタントとして日本全国あちこちに飛び回って数多くの講演をこなしている人で、その話術たるやもはや名人芸の域に達しています。今の講演ではウケが悪いというわけでもなさそうですが……。

吉見 いえ実はですね、今までやってきたことを整理して、講演シナリオを一度抜本的に見直したいんですよ。

開米 抜本的に、ですか、そりゃまたなぜでしょう?

吉見 実はですね、某大手メディアさんから依頼がありまして、わたしの講演を収録したDVDを作ることになったんです。

開米 おおっ、そりゃいい話ですね!

吉見 そうなんですよ。ただ、動画映像になるとわたしが普段やっているライブのセミナーとは違うじゃないですか? それでこの際、講演のシナリオを再構築しよう、と!

開米 スクラップ&ビルドですね! 次世代型の吉見範一を作ろうと!

吉見 そうなんですよ! どうでしょう、何かいいアイデアありませんか?

開米 そうですねえ……。

 というわけで吉見さんにご相談をいただき、作戦会議を開いたのが9月11日だったわけです。

 開米は吉見さんの講演内容はすべてではありませんがよく知っています。吉見さんはもともとユニークかつ豊富な営業経験の持ち主で、その意味で「コアコンテンツ」は非常に強力です。そのコアコンテンツをもとに講演シナリオを組み上げ、これまではライブセミナーを中心にやって、大成功していました。

 ところが今回はターゲットが違います。ライブセミナーであれば1つの会場に参加者を集めて数時間、同じ場の空気を共有しながらリアルタイムでコミュニケーションすることができますが、DVD収録動画ではそうはいきません。

 コアコンテンツは変わらないにしても、ターゲットがライブではない、というこの1点に対応するために、シナリオにもそれに見合った進化が求められている、というそんな状況でした。

 さて、いったいどうしたものか。と、吉見さんと2人で考えること約1時間、わたしたちは1つの答えを出していました。そのポイントは2つあります。

  • 第1に、全体を15分区切りのサブセッションに分解すること
  • 第2に、全体を通して何度も語る「メッセージ」を一言に絞り込むこと

 の2点です。今回はその第2のポイント、「メッセージを一言に絞り込む」という項目がなぜ必要だったのかを書くことにします。

「メッセージを一言に絞り込む」のはあらゆるプレゼンの鉄則

 ご存じの方も多いでしょうが、「伝えたいメッセージを一言に絞り込む」のは、成功するプレゼンテーションの鉄則です。

 図中のボディ、つまり「本論」の柱になるのが「メインメッセージ」です。これを3秒で言えるような一言に絞り込んで、力強くドーン! と打ち出すのがプレゼンテーション成功の鉄則です。

 例えば良い例としては5年前の郵政選挙を思い出していただくといいでしょう。

 当時、小泉首相が「郵政民営化は改革の本丸」と繰り返し語っていたことはまだ多くの人が覚えていることでしょう。これが、メインメッセージです。

 これに対して「なぜ郵政民営化が改革の本丸なのか」という理由を覚えている方はどのぐらいいるでしょうか? ほとんどいないはずです。メインメッセージを支持する「理由」はサブメッセージに列挙されるものですが、なかなか記憶には残りません。それぐらい、メインとサブには差があります。

 メインメッセージが一言伝わればそれでいい、後は全部忘れてもらってかまわない、ぐらいに割り切ることができるほど重要な一言を選ぶこと、これがプレゼン成功の大きな鍵を握るんですね。

 と、ここまではプレゼンテーションの法則として一般的によく言われていることです。

 今回はこれに開米や吉見さんのような研修講師の立場で「一言メッセージ」が必要な理由を付け加えましょう。

 研修講師というのは依頼されて企業に出向いて研修・講演を行う立場の人間ですが、研修の場で受講者に関われる時間はほんのわずかです。当たり前ですが企業には実業務があり、社員を長期間研修に出している余裕はたいていありません。研修に使える時間は1日から長くて数日、短ければ2〜3時間程度の場合もあります。この時間で人が大きく成長する、というのは現実には難しく、「使い物になる本物のスキル」「見違えるような成長」を達成するためにはその後の実業務の中での「実践」をいかに継続してもらうかが勝負です。

 ところがこれが難しいのもまた現実で、「研修に行ったはいいけど、やる気になったのはその日だけ。帰ってきたら何事も無かったかのように元に戻ってしまった」というケースが非常に多いんですね。

 研修をその場限りで終わらせずに「継続的実践」に持ち込むためにはどうしたらいいのでしょうか?

 ここで鍵を握るのが、「最初の一歩を踏み出してもらうこと」です。

 研修に行って帰ってきた、その初日にまずやってみる、実践を始めてみるようなら、その後も継続することを期待できますが、「そのうちやってみよう」と思って後回しにするようなら、そのまま忘れられる可能性が高いです。

 結局のところ、この最初の一歩、最初の実践を始めさせられるかどうか、これが、「研修が実際の成果に結びつくかどうか」の鍵を握っています。

 そこで、「一言に絞り込まれたメッセージ」なんですね。

 参考までに開米が企業研修でよく使う「一言に絞り込まれたメッセージ」はこういうものです。

  • 1日3分・3行ラベリングのススメ

 たったこれだけ。これだけで何を言っているかというと、

  • 仕事で読まなきゃいけない文書の中から3行程度の文面を探して
  • それを題材に「ラベリング」というワークをやってください
  • 1日3分程度で十分です

 という意味です。こういう意味である、ということは研修の中で十分説明した上で、「1日3分・3行ラベリングが大事です」ということを何度も何度も何度も何度も、と4重に重ねて書くぐらい何度もたたみかけています。

 1日3分ぐらいだったら、できそうな気がしませんか? 3行程度の文章を読めばいいのなら、やれそうな気がしませんか?

 そう考えてもらい、初日に実践をしてもらうこと。そのためだけに「1日3分・3行ラベリングのススメ」というメッセージを語っているわけです。

 研修や講演を行う講師というのは、強制力のない立場で、短時間で他人に新たな行動を始めてもらわなければならない、そんな仕事です。そのために開米は「大事なメッセージを一言に絞り込んで何度も言う、しつこいぐらいに言う」という方法をとっています。

 しかし、考えてみれば「他人に新たな行動を始めてもらわなければならない」という事情は何も研修講師に限らず、多くの職場で当たり前にあるはずですね。「部下が思うように動いてくれないんだよ」と嘆くマネジャーさんは心当たりがあることでしょう。

 そんなときに、この話を思い出してみてください。

 大事なメッセージは、一言に凝縮して、何度も言う。耳タコになるぐらいに何度も言う。

 それが、短時間で人を動かさなければいけない講師のトーク術なのです。

次回予告

 次回は、第1のポイントとして挙げた「全体を15分区切りのサブセッションに分解する」ことが必要な理由、そして吉見さんのDVD収録が実際どんな結果になったかを書く予定です。

お知らせ

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  • 主催者:中部産業連盟
  • 日 時:2010年10月5日(火)
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筆者:開米瑞浩(かいまい みずひろ)

 IT技術者の業務経験を通して「読解力・図解力」スキルの再教育の必要性を認識し、2003年からその著述・教育業務を開始。2008年は、「専門知識を教える技術」をメインテーマにして研修・コンサルティングを実施中。近著に『ITの専門知識を素人に教える技』『図解 大人の「説明力!」』、『頭のいい「教え方」 すごいコツ!』


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