震災後、シトリックスの在宅勤務を支えた2つの制度脱ガンジガラメの働き方(2/3 ページ)

» 2011年10月06日 12時10分 公開
[まつもとあつしBusiness Media 誠]

 「Web Commuting制度は、全ての社員が利用できる訳ではありません。向いていない人も必ずいるんです」と金氏はくぎを刺す。例えば金氏のように人事部を統括する仕事であれば、機密度の高い決済システムを使うために社内にいる必要があるかもしれない。やはりオフィスに居ることが業務としての意味を持つ。逆に営業職であれば、会社にいるのではなく、積極的に在宅勤務を活用して業務成果を上げるべき――という具合に職種によって向き不向きがある。

 そしてもう1点、こちらも重要なのが個人のパーソナリティーだ。性格や気質的に集団の中でパフォーマンスが上がるタイプの社員に、在宅勤務を無理強いしても成果は上がらない。逆もまたしかり。そのため、Web Commuting制度を利用するには上長と相談し、最終的には社長の決裁まで必要になるという。やはりある意味「重たい制度」だといえるだろう。手を挙げるのは自由だが、そこに対して求められるコミットメントはそれなりに大きいという点も1つのポイントだ。取材時(2011年9月時点)、153人の日本のシトリックス社員のうち、この制度を利用しているのは冨永氏を含めて5人となっている。

家事の傍らメールをチェックする冨永氏

 全社員が各自の判断で随時行ってよい在宅勤務に対して、丸一日出社しないで働くことも可能なWeb Commuting制度を利用するためには、従業員、チームの一員、1人の大人としての自己規律、自己管理能力が求められる。

 在宅勤務の利用そのものは評価に影響しない。あくまで、それらのツールと制度を使っての仕事に対する評価となるが、それも上司からのものではなく、チームメンバーからの評価を重視しているという。「どれくらい『会社にいない』ことを相手に感じさせないか、逆に言えばその位のパフォーマンス(おそらくそれは会社に居るときに求められる評価以上のものになる)が出せなければ、それはチームメンバーからの率直な評価としてフィードバックされてしまいます」と金氏は言う。

 「皆からアムロと呼ばれている社員がいます。在宅勤務時のツールにログインするたびにメールでその旨を告げるので、まるでガンダムが発進するときみたいです(笑)」

 「アムロ、行きまーす」とばかりにログインし、その場に居ないことを忘れさせるパフォーマンスを示す――。そうしたことは、意外と現場の細かな気配りからも生まれるのではないだろうか。

 オフィスでの勤務と異なり、在宅勤務はその日一日の仕事の成果が評価対象。金氏は「在宅勤務=自由(権利)ではない」と強調するが、こんな逸話からもそれが見えてくる。物理的には離れていても、一段高い帰属意識が求められる、とも言えるだろう。採用の際も、いままで以上に意識の高さをポイントに置くようになったと金氏は語る。あくまでも目的はより業務上でパフォーマンスを高めるための制度であり、仕組みなのだ。

在宅勤務の実際、高まる重要性

 入社10年目の冨永氏は、3年前に妊娠。Web Commuting制度を利用して週1回の在宅勤務を始めた。出産後6カ月間は育児休暇を取得し、同制度を使いながら仕事に復帰した。上司、会社と相談しながら、在宅勤務とフレックスのバランスを調整しつつ徐々に仕事の比重を上げていった。

冨永氏の勤務時間。週1回の在宅勤務と、残り4日はフレックスを活用して育児と仕事を両立している(シトリックス資料より)

 そこで活躍したのが、iPhoneやiPadといったスマートデバイスだ。展示会の準備時期などはひっきりなしに取引会社と連絡を取り、確認や承認を行う必要があった。その際、スマートデバイスの機動力を生かすことで乗り切れたという。資料作成など集中して取り組まなければならない作業も、子どもが寝静まってから自宅で行う事ができた。必要なファイル、作業中の資料などのデータは全て仮想環境に置く。そうすることで、時間や場所、アクセス端末を問わず、どこからでも会社のデータを参照でき、作業を継続できる。

 「もうデータをローカルに保存することはなくなりました」と冨永氏。前述のBYO制度で購入したMacBook Airで仮想環境(Xen Desktop上のWindows)にアクセスし、そこで作業を行う。特に意識しなくてもデータは仮想環境に保存され、特定の端末にデータを残してしまい、後から取り出せなくなるという失敗はなくなったという。育児と仕事を両立するには、もはやこの環境は手放せないという。

仮想環境のデータセンターはシドニーにある。画面表示プロトコルICAなどの独自技術により、高速な動作・描画を可能にしている(シトリックスの資料より)

 在宅勤務の事例というと育児を紹介する機会が多いが、取材の中で金氏が「これから高齢化がさらに加速する日本にとって在宅勤務は、介護と仕事をどう両立させるかという課題の有効な解決策になるはず」と指摘していたのも強く印象に残った。

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