「あびがどうございまず」518日間のはい上がり(1/2 ページ)

いよいよ間近に迫った出版記念パーティー。立ち直らなきゃと決めた日、2002年8月23日から数えて518日目だった。

» 2012年03月23日 13時50分 公開
[森川滋之,Business Media 誠]

連載「518日間のはい上がり」について

 この物語は、マイルストーンの水野浩志代表取締役の実話を基に再構成したビジネスフィクションです。事実がベースですが、主人公を含むすべての登場人物は作者森川滋之の想像による架空の人物です。

前回までのあらすじ

 主人公の金田貴男は起業したが倒産し、1500万円の借金を負う。一念発起して禁煙に“成功”。意外なビジネスチャンスを感じ、禁煙セミナーを開催するも緊張して大失敗してしまった。失意のどん底にあったが、週1回セミナーをやり続けることを決めて金田自身も変わった。「今のとうちゃん、カッコイイよ」――。そんな妻の一言で大いに励まされる金田。大失敗の禁煙セミナーから立ち直り、週1回のセミナー開催を自分に課して継続していたところ、なんと書籍化の依頼が舞い込んできた。出版記念パーティーもやることを決め、ますます忙しくなる金田であった。



 「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」。2004年の元日、うちの両親とかみさんと俺の4人は、俺の実家に集まった。新年の挨拶をして、おとそで乾杯だ。

 思い返せば、2001年から2003年までロクな正月じゃなかった。

 久しぶりだよ。かみさんとうちの両親と水入らずで、ああ正月だなあって気分を味わうのは……。ちなみに、俺があんなひどい状態でもかみさんが俺と別れなかったのは、俺のことは嫌いだけど、うちの両親は好きだったからなんだ。

 こうしてみると俺もだけど、かみさんもかなり変わってるよな。普通、好きな男の両親だって嫌いなことがあるのに、嫌いな男ならなおさらだと思うんだけど。まあ、かみさんが変なおかげで俺も見捨てられずにきたので、両親には感謝してるけどね。

 もうすぐ俺の本が出るっていうんで「自分たちにも取材が来るのか」などとちょっと焦り気味のうちの両親を見ていると、今まで全然できなかった親孝行がようやくできるかもなと思ったりもした。もちろん本が出たからって、いきなり有名人になるわけでもなく、ましてや両親に取材が来るなんてまずあり得ないってことは説明しておいたけど。

 本の話をすると、編集の三田さんと約束した通り、12月5日に脱稿した。といってもホントにギリギリ。23時を少し回っていた。とりあえずメールで原稿を送ったら、三田さんから「お疲れさまでした」という返事が来たのでびっくり。「待っててくれたんですか」と返信したら「いや単に忙しくて残業してただけです」とのこと。本当かどうかは分からない。

 俺は祝杯を上げようと思ったのだけど、かみさんはもう寝ていたので、1人で近所の焼き鳥屋でしみじみ飲んだ。今でも思い出す、人生で一番美味い酒の1つだ。

 その後は、紙でゲラをやりとりして、3往復ぐらいしたかな。ようやく完成稿となり、予定通り1月20日発売となったんだ。これはあとで聞いたんだけど、20日というのは本を出してくれる阿魔尊出版社の締め日らしく、発売日が20日と翌日の21日とでは1日違いだけど、1回目の印税の支払いが1カ月ずれるんだそうだ。三田さんはどうも俺に金がないのを知っていて、無理してくれたらしい。

 知らないところで人が応援してくれている――。実は昨年末からはこんなことを毎日のように実感していたんだ。

 出版記念講演については、たくさんのブロガーが集客を助けてくれた。でも、ほとんどの人がブログに書きましたよと言ってくれなかったんだ。俺が毎回読んでいるブログに関しては、コメントやメールでお礼をしたのだけど、ある日ふと「金田貴男」で検索したら、件数が異常に増えていて、いろんなブログに俺の名前が出てることに気づいたんだ。そのほとんどが俺の出版記念講演の案内をしてくれていた。

 読んでいると大きく2種類のパターンがあることが分かってきた。1つは、俺が知り合いになって直接お願いをしたブロガーの、さらにその友達が応援してくれているということ。一生懸命やっている金田というやつがいるから、おまえも応援してあげてくれと頼まれたということのようなんだ。

 もう1つは、メルマガ読者のブログだ。俺が「生きている限り一生サポートします」と宣言してから、そのことをブログに書いてくれる読者がどうも増えたようなんだ。そして、メルマガでの出版記念講演の案内をそのまま貼り付けて紹介してくれていた。

 「ここまでやるかあ?」の効果が出てきたということなのだろう。ただ、俺は効果というような、なんだか計算づくでこうなったというような言葉にはどうも違和感がある。人は一生懸命やっている人間がいたら応援したくなるものなのだろう。そう考えたいと思った。

 とにもかくにも、こういう人たちの応援のおかげで、出版記念講演は2003年の年末までに満席に。このことを思うと、ただただがむしゃらに一生懸命やるしか道はないように思えてきた。あいつは一生懸命だと認められるようにするのではなく、自分自身で一生懸命やっているよなと思えなければダメなんだと思う。うまく表現できないけど、応援は計算ずくでは集められないということだ。

 まだ、もうひとがんばりしないといけない。せっかく本を出しても、ある程度売れないと話にならない。三田さんに相談したところ、書店への営業は我々がやるので、ブログやメルマガ、あるいは個人的な依頼でがんばってほしいと言われた。

 そこでブログやメルマガを毎日書くことにし、そこに俺の本の紹介と、どうしても買ってほしい旨を書いた。正直、こんな“かっこわるい”こと、以前はできなかったと思う。

 いい本なら売れるし、そうでなければ無理に売らなくていい、と以前の俺なら思っただろう。でも、いまは知ってるんだ。かっこよくなるためには、かっこわるいことをたくさんやらないといけないって。斜に構えていても、乙にすましていてもダメなんだ。かっこわるいことでも真剣に一生懸命やっている、そういう人間じゃないと誰も助けてくれないんだ。

 いや、助けてほしいからやってるんじゃないんだ。助けてほしいからって理由でやってはいけないんだ。自分でなんとかする――。その気持ちをいつも持つ。人が助けてくれなくてもいい。120%の力を自分は出す。でも、そうしていると結局応援されてしまう。こんなことをこの数カ月ずっと実感していたんだ。

 発売日1週間前の1月13日、すでにオンライン書店のアマゾンでは予約ができるようになっていた。俺はメルマガとブログにそれを書いた。今みたいにアマゾンキャンペーンなんていうのが盛んでなかったころだ。何か特典を差し上げますなんて発想はまったくなく、ただメルマガとブログに告知しただけだった。

 ところがこれがどうも効いたらしい。発売日の1月20日時点で、なんと俺の本が週間ランキングの2位になったんだ。びっくりしたよ。それ以降もアマゾンのジャンル別ランキングではしばらくの間トップだった。多くのブロガーが書評を書いてくれたのが大きかったのだろう。

 俺は、今でも友達は少ないと思っている。ただ友達ではなくても、世の中には自分を気にかけてくれている人は必ずいる。それも思っているよりいる。ということをこのとき以来確信している。

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