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» 2012年10月26日 08時00分 公開

説明書を書く悩み解決相談室:ロジカルよりも大事なこと――心に響く切り口は当事者でなければ分からない

前回の記事に読者から感想をいただきました。その感想を基に前回の文例を考えてみましょう。

[開米瑞浩,Business Media 誠]

 アイデアクラフト・開米瑞浩の「説明書を書く悩み解決相談室」第46回です!

 前回、科学研究費申請書の概要部分を題材に「最初にベネフィットを明らかにして説明せよ」という記事を書きましたが、これについて1つ補足があります。実はあの記事を読んでくれた読者で、科研費の申請に詳しい人からこんな感想をいただいたんですね。

 非常に役に立つ記事だったので、ぜひ多くの研究者に読んでほしい。ただし、1点、良くないところがある。その部分まで真似されるとかえってマイナスになるので、補足してほしい

 なにしろ私自身は研究者ではありませんので、現場にいる人からこういう教えをいただくのはありがたくうれしいことです。というわけで「良くないところ」がどこかをまず書きます。私が書いた文例(欠点あり)はこうでした。

文例1

 小型エンジンの熱効率を改善しつつハイパワー化できれば、自動車の燃費改良・軽量化を達成できる。そのために有力な技術がターボ過給器だが、従来実用化されてきたのは(A)大型のエンジンにさらなる高出力を積み上げるスポーツ走行用途であり、(B)小型エンジンでの市街地走行を想定した研究はなされていない。そこで本研究では(B)用途を想定し、(1)エッジスクロール機構と耐熱材料を採用したターボ過給器、および(2)市街地走行用の制御アルゴリズム――を開発する。

 問題は太字で示した「従来実用化されてきたのは 〜(中略)〜 を想定した研究はなされていない」の部分です。このロジックについて、こんな指摘をいただきました。

 ただ一点残念なのは「AはやられているがBはまだやられていない。だから本研究ではBをやります」というロジックを一部使用していることです。このロジックはおそらく審査員へのアピールが最も低いものだと思います。

 審査員へのアピールをより高めるには「Aについては、従来研究が多数あって一定の成果を上げているが、Bを想定すると従来研究の知見が当てはまらない。そこでBに適した方式としてあらたなシステムを提案する」と丁寧にロジックを追うほうが賢明であると思います。

 なるほど、今までの方法ではダメで、新しいことをやらなければいけないと考えられる理由が入っていなければいけない、ということですね。そこで、もう一度練り直した改善案がこちらです。

文例2

 小型エンジンの熱効率を改善しつつハイパワー化できれば、自動車の燃費改良・軽量化を達成できる。そのために有力な技術がターボ過給器であり、これまでは(A)大型のエンジンにさらなる高出力を積み上げるスポーツ走行用途を中心に一定の成果を挙げてきた。しかしこの用途ではエンジンの高回転域を中心に使用するため、(B)小型エンジンでの市街地走行で多用される中・低回転域にはそのままでは適用できない。そこで本研究では(B)用途に適した方式として、(1)新開発のエッジスクロール機構と耐熱材料を採用したターボ過給器、および(2)市街地走行用の制御アルゴリズム――を開発する。

 太字部分で「Bを想定すると従来研究の知見が当てはまらない」のはなぜか、という理由を追加しました。こんなふうに書けば「なるほどこれは新しい研究が必要だな」と印象づける強いアピールになる、ということですね。

 感想を送ってくれた人も「この改善案なら当初の欠点が解消します」とのこと。今後、科研費の申請書を書く人はぜひ前回の記事と併せてお読みください。

現場感覚が心に響く

 科研費の申請概要文の改善点については以上なのですが、ここから先は今回の件であらためて感じた、別な教訓になります。それは、

  • 心に響く切り口は、当事者でなければ分からない

 ということ。この科研費の事例で私が最初に書いた文例1も悪くはなかったようですが、「AはやられているがBはまだやられていない。だから本研究ではBをやります」というロジックは審査員へのアピールが最も低い、ということには思いが至りませんでした。逆に、誰もやってないんだから「新規性」のアピールになるよね、と甘い考えでいたぐらいです。

 ところが、実際に現場で長年仕事をしてきた人間にとってはこれでは不十分だったわけです。こういう現場感覚は、当事者でなければ分かりません。どんなキーワード、どんな視点が心に響くかは、最終的には当事者でなければ判断がつかないので、ロジカルを越えた世界です。ロジカルに情報を整理するのは「基本」として大事ではありますが、最終的にそれを受け取り、評価を下すのは人間であり、その環境に長年いる人の率直な感想を聞くのが大事だったということです。

 人はどうしても自分の得意技に頼りたがるもので、机上でロジックをいじるのが得意な私はついついそこに没頭しがちなのですが、今回はあらためて「それだけではいけない」ということを思った次第です。


 当連載では、「分かりにくい説明書を改善したい」相談を歓迎しております。「改善案のヒントがほしい」例文があれば遠慮なく開米へお送りください(ask@ideacraft.jp)。今回のような連載での紹介は、許諾をいただいた場合のみ、必要に応じて内容を適宜編集したうえで行います。

 当記事についてのご意見ご感想ご質問等は「twitter:@kmic67」宛でも受け付けております。中には記事では書ききれない情報もあります。物足りなく思った時はぜひ「twitter:@kmic67」宛に質問を飛ばしてみてください。

筆者:開米瑞浩(かいまい みずひろ)

 IT技術者の業務経験を通して「読解力・図解力」スキルの再教育の必要性を認識し、2003年からその著述・教育業務を開始。2008年は、「専門知識を教える技術」をメインテーマにして研修・コンサルティングを実施中。近著に『ITの専門知識を素人に教える技』『図解 大人の「説明力!」』、『頭のいい「教え方」 すごいコツ!』


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