私が新聞記事を読んで、この人は一流だと思った人がいる。いま多くの観光客が押し寄せる東京スカイツリーの建設に、大いに貢献した会社の社長である若林克彦さんだ。
東京スカイツリーの部品をつなぐナットは、東日本大震災でもまったく緩まなかったのだが、このナットを製作しているのが若林さんが社長を務める「ハードロック工業株式会社」。大阪に本社を置く、社長を含め50人ほどの会社である。
若林さんの口グセは「喜んでもらうこと」。
若林さんは紆余曲折を経ながら、持ち前の好奇心と努力で、世界で誰も真似のできないナットを開発した。このナットは、東京スカイツリーをはじめ、新幹線、瀬戸大橋、海外ではドイツ、イギリス、台湾の高速鉄道に使われ、高い評価を得ている。
「……原点にあるのが『たくさんの人たちに喜んでほしい。よいアイデアは人を幸せにする』という信念。それが今も自身の経営哲学に反映されている。『たらいの水の原理』という考え方だ。たらいの水は、『相手の方』へ押してやると自然に『自分の方』へ返ってくる。〈中略〉『お客さんに喜んでもらえるよう努力すればするほど、自分にも利益が生まれる。逆に目先のもうけにとらわれて欲をかきすぎるとダメ。たちまち水はこぼれてしまうんですね』……」(『産経新聞』2011年5月8日)
若林さんの言葉からは、お客に対してはもちろん、社員や協力者に対しても「喜ん
でもらおう」という発想がうかがえる。
この3つの喜びを目標に努力するのが、一流の仕事人である。
余談だが、先のつきあいが疎遠になった社長が、私にこんなことをいっていたことがある。
「社員に高い給料をやると甘やかすことになってロクなことがない。甘やかすと裏切る。それなら、税務署に払ったほうがいい」
にわかに信じられなかったが、本当の話である。たしかに、その会社を管轄する税務署の集まりには熱心に顔を出していた。社長室には税務署からの感謝状が誇らしげに飾られていた。財務省は喜ぶだろうが、社員は悲しむ。こんな会社に骨を埋めたいと思う社員がいるだろうか。
金銭的に豊かであっても、貧しい人生である。
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