なぜ上司は退職に追い込まれたのか――コーチングで起きた悲劇ボクの不安が「働く力」に変わるとき(2/2 ページ)

» 2014年02月20日 11時00分 公開
[竹内義晴(特定非営利活動法人しごとのみらい),Business Media 誠]
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この悲劇に見る問題点と改善点

 「組織内にポジティブな変化を起こしたい」というコーチングを導入する目的とは裏腹に、上司の退職という悲劇になってしまいました。この悲劇にはいくつかの問題点があるように感じました。

問題点1:コーチングの導入の仕方

 1つ目の問題点は、コーチングの導入の仕方です。

 この例にある「組織内にポジティブな変化を起こしたい」という、コーチングを導入する目的は理解できます。「トップが変われば組織が変わる」とはよく言うように、コーチングの効果を上司自らが感じて、そのような振る舞いができれば、組織にポジティブな変化が起きるでしょう。

 しかし新しい制度を導入する際の部下の想いは、上層部とは裏腹で、「また、よく分からない制度を導入するらしいよ」「偉い人たちだけで何かやってるなあ」「面倒臭くならなければいいけどね」といった抵抗感を抱くものです。

 逆に、新しい制度の導入によって、「これでうちの会社も少しは変わるかな」と期待感を抱くかもしれません。にもかかわらず期待した変化がないと、「コーチングをやったところで結局何も変わらないじゃないか」という不満につながります。

 それなのになぜ、上層部は全社員に伝えたがるのでしょうか。「わが社ではこんなに前向きに頑張っているぞ」ということを社内外にアピールしたいという意図が垣間見えます。しかし、本来の目的はアピールすることではないはずです。

 それならば、一般職のみなさんから抵抗感が出ないようにあえて知らせず、まずは上層部から取り入れるのがいいのではないかと思っています。「そういえば、最近○○さんの私たちに対する接し方って以前と変わってちょっとよくなってきたよね」という声が、チームの中から自然に聞こえてくるのが、本当の意味での変化だと思います。

問題点2:360度評価の使い方

 2つ目の問題点は、360度評価の使い方です。

 知人が「アンケートは、配慮ができるオトナな人たちが集まるグループなら意義のある意見が集まると思います」と指摘しているように、人を評価するためには相応の成熟度が必要です。

 例えば部下から見た上司というのは、どこかしら「煙たい存在」「目の上のたんこぶ」という人も少なくありません。上司のことをよく思っていない部下が評価をしたら、恨みつらみのような評価をするかもしれません。逆に、今後の付き合いを考えて当たり触りのない評価をするかもしれません。

 「批判的な意見も含めて評価するから360度評価なんだ」という意見もあるかもしれませんが、大切なのは「傷つけること」ではなく「成長につながること」のはずです。そういう意味では、360度評価の目的の伝え方、評価者の選択、評価内容など、十分な配慮が必要でしょう。

問題点3:コーチの振る舞い

 3つ目は、コーチの振る舞いです。

 世の中には相手に強く言われることで責任を感じてやる気を出す人もいれば、無力感を抱いて自信をなくしてしまう人もいるように、同じ一言でも捉え方はさまざまです。また、同じ人でも前向きなときもあれば、ちょっと落ち気味のときもあるでしょう。

 そういう状況をつぶさに観察して信頼関係を作りつつ、その時々に合った言葉や関わり方ができるのが本当のコーチだと思います。資格を持っていればコーチというわけではないのです。ましてや、体調に支障をきたすほどネガティブな状況に追い込んでしまうなんて、このコーチに憤りを感じます。

 スポーツの世界では、コーチの存在は選手の活躍に大きな影響を与えます。だからこそ選手は「○○コーチの指導を受けたい」とコーチを選びます。しかし、ビジネス界では少し違い、「資格を持っているからコーチだ」のような風潮があるように思います。

 けれども、本来のコーチという役割に照らし合わせれば、スポーツもビジネスも関係ないはずです。今回のような悲劇を防ぐためには、単に「コーチングという制度、もしくはスキルを導入する」のではなく、コーチの「人となり」をよく調べて契約するしかないでしょう。今はインターネットを検索すればいろんな情報に触れられますから。スキルはもちろんのことですが、それ以上に、成果や挫折を含めたビジネスパーソンとしての経験やあり方が大切だと思います。


 新しい制度を導入するのは、会社や組織を「よりよくするため」のはずなのに、知人から聞いた悲劇は、何かこう、言葉にならない切なさを抱いてしまいました。こうした悲劇は二度と起きてほしくないものです。

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