とはいえ、現実は「環境さえあれば、必ず気付ける」ものでもありません。スポーツでもゲームでもいいのですが、「気付いた」経験のある人なら、そのときのプロセスは非常に言語化しにくいものであることが分かるでしょう。
頭の中でイメージし、上手くいかない経験を何度も繰り返しながら努力を続ける中で、ふと「感覚をつかむ」瞬間はやってきます。それは「何時間やれば気付ける」というように、数値では一般化できません。
また、気付きのタイミングは、人によって大きく違ってきます。常に時間に追われる実社会の仕事における学びの中では、「当人が気付くまで待つ」のはなかなか難しくなってきます。
しかしながら、ジャイキリの達海監督は待ちます。マンガなので、その後必ず気付くときはやってくるのですが、それまで待ち続けるのです。
梅崎: ここでは、辛抱強く「本人が気付くことを信じて見守る」ことの大切さが分かります。これは子どもの勉強でも一緒ですが、時間で区切って分からない人に答えを教えるのではなく、「自分で気付くまで待つ」ほうが、本人にとって質の高い学びになるということでもあります。
自分で気付いた人は、その感覚を絶対に覚えていますよね。もし、別の状況で試行錯誤するときには、より早いタイミングで気付けるようになると思います。
ジャイキリの中では、学びの効果を高める変数の1つとして、監督と選手との間の信頼関係が考慮されています。これは、梅崎先生によれば「学習の効果を高めるために非常に重要なこと」なのだそうです。
梅崎: 達海は、選手たちにやらせるユニークな練習の意図をほとんど語りません。
当初、達海と選手との間には信頼関係がほとんどありません。選手は上下関係だけを根拠に仕方なく指示に従うのですが、話が進んで信頼ができてくると、選手は意図が分からないなりに「あの達海監督が言ってるんだから」とのってくるようになります。
試合中の気付きは、実はこうした「高いレベルの信頼関係」がベースになっていることが多く、そういうシーンは巻が進むごとに増えています。
教えられる側が「真意は分からないけど、この人が言っていることだからきっと自分のためになるはずだ」という思いで学びに取り組めば、得られる効果は高そうです。
教えるほうは、気付くことを信じて待つ。教えられるほうは、自分が信じられていることを知っている。この両方の条件がそろうことで、学びによる成長の度合いは劇的に高まるというわけです。
ジャイキリにおける達海のこうした学びの実践方法の根底には、「組織は生き物のようなもので、変化しながらまとまって成長していくもの」という理念が貫かれています。その思いは、実際に達海のセリフとしても、作品の中で語られています。
梅崎: これは、そのままジャイキリという作品そのものの根底に流れる理念でもあるのでしょう。
作品では、ETUの選手だけでなく、フロントもサポーターも、すべてが変化していきます。この変化の中で成長できる組織をどう作り上げていくかは、近年の会社が抱える課題とも重なります。能力や性格というダイバーシティ(多様化)を前提に、バラバラなものを無理に画一化しようとするのではなく、バラバラなままで組み合わせて、組織の目的を達成できるように機能させていくか。それを考える良い素材だと思います。
今回、「学びと成長」の理想の姿について考えてみました。フィクションとは分かっていながらも「こんな組織が作れたらいいなぁ」「こんなふうに成長できたら最高だ」という良いイメージを描けたならば、それは現実を変えるための、リアルな力になるはずです。
梅崎: 作者はネタ本としてビジネス書を相当読み込んだんじゃないかと思えるくらい、組織論を考えるにあたってはいい作品になっています。
あえて物足りないところを上げるとすれば、今のところ、年俸に関するエピソードがないところくらいでしょうか。 働くためのモチベーションとして重要な、金銭的報酬に関するとらえ方まで話が広がれば、「仕事マンガ」としても完成度が高くなりますね。そういう視点でも、今後のジャイキリを楽しみにしています。
GIANT KILLINGは、講談社の『モーニング』で連載中。単行本は2014年4月23日現在で31巻が既刊です。電子書籍としても入手できる作品ですので、興味を持たれた方はぜひ読んでみてはいかがでしょう。(柴田克己)
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