航空会社のCAという職業は、とてもストレスフルな仕事であると聞きます。
一般的に、サービス業のような顧客接点に立つ仕事は、対人関係に優れ、関係性への欲求が高い人が就きます。目の前にいる人を手伝ったり、人の問題を解決することに喜びを感じる人に適した仕事です。また自分がしたことに対して、顧客から「ありがとう」と即座にフィードバックが得られることはやる気にもつながり、向いている人にはとてもチャレンジしがいのある職場となります。
その一方で、CAのような華やかなイメージの仕事にも、必ずマイナスの面があります。そういうマイナスの情報はRJP(Realistic Job Preview:仕事の内容についての現実的な事前説明)の考えにもとづき、就職の前の段階で知らせておくべきでしょう。
RJPとは、ある仕事に就きたいと思う人たちに、事前にその仕事のすばらしい面ばかりではなく大変な側面も伝え、仕事の現実的な全体像を知らせる採用方法のことをいいます。このRJPの観点から考えると、CAには接客のフロントラインに立つ以外に、バックステージでもさまざまな仕事があり、乗客の安全にも常に気を配らなければならない、大変責任の重い仕事です。それでも常に、乗客の前では笑顔で振る舞わなければなりません。
Bさんがすばらしいのは、自分をOGとして訪ねてきた学生に「楽しいばかりの仕事ではないけれど――」と、リアリズムで前置きをして対応していることです。
自分が誇りを持っている仕事を目指す若手には、ついついその仕事のよい面ばかりを伝えてしまって、その仕事に伴う大変な部分、苦労する部分があることを強調し忘れるか、自分が採用担当の場合には、意図的に伝えずに終わることがあるからです。
アーリー・ラッセル・ホックシールドという社会学者は、CAのように、顧客に対して常にポジティブな感情を示すことを要求される仕事について、その問題点を指摘しています。彼女はデルタ航空のCAの研修を、参加観察研究という形式で他の受講生と一緒に自ら受講しました。デルタ航空ではCAに対し、スタニスラフスキーの演劇論にもとづき「本当に本心から、乗客の感情を純粋に受け止めて対応しなければならない」と教えていました。
しかし本心で顧客の感情を受け止めて、それに対していつもポジティブな気持ちでいることには、多大なストレスがかかります。例えば、CAに理不尽な要求をしてくる乗客に対しても、本当は怒りの感情を抱いているのにその感情が表に出るのを抑え、そしていつも笑顔で対応することを会社に望まれます。
これは、現代社会が生み出した、新しいタイプの人間性の疎外であると、ホックシールドは考えました。そうして、CAの仕事のように本当は嬉しくないときであっても、いつもニコニコしていなければならないような仕事を「感情労働」と名づけました。かつてのベルトコンベアの流れ作業のような、単純な作業ゆえの労働疎外とは異なるタイプの人間性の疎外と見なしたのです。
Bさんは「ストレスをスパイスと感じるように」といわれたそうですが、組織論や心理学の基本文献に、「最適ストレス」という概念があります。よい意味での緊張感をもたらす最適なレベルのストレスは、人をシャキッとさせて仕事にもよい結果をもたらすことがあります。反対に過緊張や度を超えたストレスは、人の元気を奪います。
ストレス耐性には個人差があり、特定の仕事分野で最初に感じたストレスは、熟達とともに緩和されていきます。Bさんも熟達していく中で、どうにか自分のストレスをうまくコントロールできるようになってきたのではないかと思います。
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