連載
» 2014年12月12日 05時00分 UPDATE

知的生産の技術とセンス:好奇心を記録する――梅棹忠夫の「発見の手帳」 (1/2)

大事なのは、それが世間で知られているかではなく、自分自身が「発見した」という驚きの感情。それこそが、情報が自分にとって意味を持つ瞬間です。

[堀正岳, まつもとあつし,Business Media 誠]

連載「知的生産の技術とセンス」について

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本連載は堀正岳、まつもとあつし著、書籍『知的生産の技術とセンス 〜知の巨人・梅棹忠夫に学ぶ情報活用術〜』(マイナビ新書)から一部抜粋、編集しています。

私たちは、かつてなかったほどさまざまな「情報」に囲まれ、日常的な仕事や生活で「知的生産」を行っています。

しかし、私たちが日々生み出している情報は、こういった環境の進化に追いついているでしょうか? 道具や環境が整った今だからこそ「知的生産」のための技術について、あるいは「知的生産」とはそもそもどういうものなのか、その源流をたどる必要が高まっています。

本書では、元祖ライフハックと言っていい、知の巨人・梅棹忠夫氏が提唱した「知的生産の技術」を、できる限り生かせるように再解釈し、周囲にある道具や環境に適用できるようアップデートを試みました。

さあ、「知的生産」という人生の武器を手に入れましょう。


梅棹先生の「発見の手帳」

 今回は、好奇心を記録する、梅棹先生(※1)の「発見の手帳」についてです。

 学生時代の梅棹先生は、これをロシアの作家であり思想家のディミトリー・メレシュコフスキーの歴史小説『神々の復活』(英語版題名は『レオナルド・ダ・ヴィンチ』)から学んだと書いています。

 ダ・ヴィンチが、実際にどんな帳面にどんなことを書き入れていたか、くわしいことはわたしは知らない。しかし、ダ・ヴィンチの手帳の実際がどうであれ、わたしたちは彼の精神に魅せられていたのである。あらゆる現象に対する、あくことなき好奇心、知識欲、包容力。そういうものにあこがれていたのである。そのあこがれから、わたしたちはわたしたちなりに、手帳に書くことがらの内容と形式とを開発していった。わたしたちの手帳は、単なる実用メモではなかったし、また、日常生活の記録でもなかったのだ。
(『知的生産の技術』24ページ)

 ここで重要なのは、「発見の手帳」が単なる実用メモでも、日常の記録でもなかったという点です。

 昨今は手帳やノート、あるいはスマートフォンや身につける機器を活用して日常を記録する「ライフログ」がブームとなっていて、関連する製品やアプリ、ガジェットへの関心は高まっています。こうした記録にもそれなりの有用性はあるのでしょうけれども、梅棹先生の説く「発見の手帳」は本質的に記録そのものではないという点は見逃せません。

 そこには自分のフィールドを、日常の生活を、やってくる情報を前にしたときに、それを単に記録という形で移し替えるのではなく、自分の心の中に生じた感興も含めて取り込んでしまうところに違いがあります。それが「発見」なのです。

(※1)梅棹忠夫プロフィール:日本の生態学、文明学、民族学、情報学といったさまざまな学術分野で功績を残し、大阪万博の企画、その跡地に建つ国立民族学博物館(民博)の初代館長も務めた。『知的生産の技術』ほか、著書多数。(1920年6月13日―2010年7月3日)
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