この伝える工夫がいかに重要なのかを示すエピソードがある。ある30代のエンジニアの経験談だ。
ある時期、経営者と部長たちの会議が増え、来期についての重大な決定がなされたという。これまでの仕事に新たなプロジェクトが加わることになり、課長が定例会の中でこう説明した。
「来期から新たに、〇〇と△△を手掛けることになったから。これは、全部署それぞれに目標を持つということなので、うちも当然取り組むことになる。皆さんもそのつもりで」
部下たちは一様に驚き、そのうちの1人がこう質問した。
「あの、来期って〇月からのことでしょうか? 既に大きなプロジェクトが動いているので、うちの部署でその時期のスタートは現実的ではないと思います。時期を3カ月ほどずらすか、うちの部署は異なるアプローチをするというのはありでしょうか? スケジュールもリソースも厳しいと思うんです」
その時、上司はこう答えたのだった。
「上で決まったことだから仕方ない。やるしかないでしょう」
内心「え?」と思い、心底がっかりした彼は、それ以上質問するのをやめたそうだ。
上で決まったことだからやるしか選択肢がない――というのは、会社である以上、避けられないことだが、こんな言い方で“より大変なミッションを課せられる”チームのメンバーがやる気を出していい仕事をするとはとても思えない。
この上司が「”上で決まってからおりてきた話”ではあるが、このミッションは私たちにとっても大きな挑戦の機会になるし、成果を挙げられれば売上や利益にも貢献できる。そして何より、一人ひとりの成長にもつながるから、前向きに取り組んでいきたい」――と言ったらどうだろう。
部下の受け止め方も、「課長は何とか阻止しようと頑張ってくれたのかしれないなぁ。ま、決まったことなら、楽しくやるか』というように変わったかもしれない。
“上からのミッションを伝えるだけ”なら、誰でもできる。しかし、チームを束ねるリーダーなら、ミッションの伝え方を“部下のタイプに合わせて工夫”し、自分の意思とともに“自分の言葉”で部下に語る必要がある。
それは、“自分の言葉に責任を持つ姿勢を示す”ことに他ならない。自分の言葉で語り、その言葉に責任を持つ上司の一言なら、いやな話でも部下は理解し、納得してくれるはずだ。
グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント/産業カウンセラー。
1986年上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタル イクイップメントを経て、96年より現職。IT業界をはじめさまざまな業界の新入社員から管理職層まで延べ3万人以上の人材育成に携わり27年。2003年からは特に企業のOJT制度支援に注力している。日経BP社「日経ITプロフェッショナル」「日経SYSTEMS」「日経コンピュータ」「ITpro」などで、若手育成やコミュニケーションに関するコラムを約10年間連載。
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