わずか2年で爆発したADSL需要

韓国で短期間にブロードバンド市場が拡大したのはなぜか? それは,官民一体となったIT推進の風潮,通信各社がしのぎを削る競争,そして大都市中心の住宅事情にありそうだ。

【国内記事】 2001年8月10日更新

 なぜ韓国では,短期間にブロードバンド市場が拡大したのだろうか。韓国第3位のブロードバンド通信事業者であるスルーネットのJooman Park理事は,「ブロードバンドインフラが発達した理由は,日本と全く同じだ」と指摘する。「韓国は,市内電話が時間課金であるため,ユーザーが常時接続のメリットを求めた。そして,もともと技術志向の国民性と,教育熱の高さから,PCの普及率は全世帯の7割を超えている。これがブロードバンド拡大の原動力となった」(Park氏)。とくに韓国の教育熱の高さは日本以上といわれている。TV放送の教育番組には“PC講座”はもちろん,“子どもにPCを教える親のための番組”などもある。

 しかしわれわれは,いくら需要があっても,なかなかインフラがついてこない国を知っている。韓国がこの点をクリアできた理由はどこにあったのだろうか? それは,官民一体となったIT推進の風潮,そして通信各社がしのぎを削る競争だ。

韓国ブロードバンド市場成立の経緯

 韓国でブロードバンドサービスが始まったのは1999年の8月。Thrunet(スルーネット)がCATVサービスで口火を切った。次いで,かねてからKorea Telecom(KT:韓国通信)と電話事業で競合し,苦戦を強いられていたHanaro(ハナロ通信)が,新しい市場を求めてADSL事業を開始した。ほぼ同時期にDacom(デーコム)も参入したが,その年の年末にはハナロがADSL契約数の95%を占めている。第1段階ではCATVのスルーネット,第2段階ではハナロ通信が主導権を握った形だ。

ソウル市内にあるスルーネット本社

スルーネットのJooman Park理事

 しかし,2000年後半に入り,状況は一変する。通信トップ企業であるKTのブロードバンド市場参入だ。もともと電話回線のほとんどを握っていた同社は,アパート(韓国では分譲マンションを含め,高級な集合住宅をアパートという)など集合住宅向けのサービスにフォーカスすることで,わずか半年の間に150万のユーザーを獲得,一気にシェアトップへと躍り出た。

ヴンダン(Bundang)にあるKTの本社

アクセスビジネスチームのYu Seong-Su氏(右)とJung youn-Su氏(左)

 もちろん,半官半民のKTは,日本のNTTと同じように厳しい規制に縛られている。例えば,「新事業を開始する際は政府の許可を得る必要がある」(KTのアクセスビジネスチームディレクター,Yu Seong-Su氏)。本来ならここで手間と時間がとられたはずだが,ことブロードバンドに関しては話が早かったようだ。1997年に通貨危機に見舞われた韓国では,経済の建て直し策としてITに注力する方針を決めた。「企業としての戦略が政策と一致したこと。そしてハナロ通信やスルーネットといった競合他社が市場に存在したこと。この2点が(KTの参入を)後押しした」(Yu氏)。

 このとき,先行していたはずのハナロ通信は,韓国に日本のようなドライカッパー(電話線の貸し出し)の仕組みがないため,自前回線の敷設にかかる時間とコストに苦しめられていた。同社が展開していたのは,光ファイバーをアパートなどに引き込み,電話線(ADSL)で各世帯にアクセス回線を提供する,いわゆるFTTC。電話局からそのままADSLにできるKTとは,効率の面で大きく差が付いてしまった。ハナロ通信はその後,韓国電力系の通信会社であるパワーコムのHFC網をレンタルし,CATV/戸建て住宅にフォーカスを移しつつある。

 そのCATVサービスでは,スルーネットがブロードバンド普及の波に乗り,2000年末までに76万世帯と大幅にユーザー数を伸ばしていた。しかし,戸建てユーザー中心のサービス展開は増加ペースが鈍く,その間に躍進したKTとハナロ通信にシェアの面で差を付けられた。「1999年末の時点では,CATVがブロードバンド市場の65%を占めていた。しかし,(ADSLが開始され)翌2000年末にはそれが35%にまで下がった」(Jung氏)。

 このため,スルーネットは最近になって集合住宅向けのサービスを拡充。ハナロ通信とは逆に,こちらはADSL技術を取り入れようとしている。同社の「ADSL Neo」は,同軸ケーブルをアパートに引き込み,ADSL技術(電話線)で各世帯をインターネットに接続する新サービスだ。「HFCの敷設コストは光ファイバー(ここではハナロ通信のFTTCを指す)の15%程度だ。これは同時に,片方向CATV対策でもある。ただし,ADSL Neoはアパートに進出するためのもので,メインとは捉えていない」(Park氏)。

 2001年前半時点のユーザー数は,KTが約310万世帯,ハナロ通信が約150万世帯,そしてスルーネットが110万世帯。この上位3社が市場の9割を占め,残りのシェアをDreamline,Onse,Dacomといったそのほかの企業が分け合っている状況だ。各社の概要をまとめると以下のようになる。

社名 概要
KT “韓国のNTT”と称される,半官半民のトップ通信企業。約6万キロの光ファイバー網を全国に敷設し,「Megapass」ブランドでADSL,B&A(Home PNA),衛星(離島向け),ワイヤレスなど幅広い通信サービスを提供している。ADSLサービスのユーザーは,2001年6月下旬に300万世帯を超えた。11月には新たにGigabitイーサネットベースのサービス「Ntopia」を開始し,最大45Mbpsのアクセス回線をラインアップに加える。
ハナロ通信 独自の光網とHFC網を持つ。2000年末時点で100万世帯にADSL回線を敷設し,2001年前半には150万人に達する見込み。当初はFTTCに注力していたが,最近はパワーコムからHFC網をレンタルしてCATVモデルに移行しつつある。
スルーネット 大都市を中心に約3万4000キロの光網を持ち,CATVインターネットで約110万世帯にサービスを提供中。ブロードバンドの主役がCATVであった2000年以前は7割のシェアを持っていたが,ADSLの勢いにおされている。最近,集合住宅対策としてADSL技術を採用したが,こちらのユーザーは約500世帯とまだ少数。
パワーコム 韓国の政府系電力会社である韓国電力公社の子会社。政府出資のため,コンシューマー市場には参入せず,スルーネットやハナロ通信にバックボーンを貸し出している。

大きく異なる集合住宅事情

 もう1つの要因は,冒頭にも書いた集合住宅中心の住宅事情だ。もともと人口の約半数がソウルに集中(1200万人)しているうえ,多くの人たちが大規模集合住宅(アパート)住まい。なにより,アパートに設備を置くために必要な手続きは極めて簡単だ。日本で集合住宅に回線を引き込もうとすれば,賃貸なら大家,分譲なら管理組合の同意を得なければならないが,KTのJung氏によれば,「韓国では,建築会社との打ち合わせだけで済む」という。これも,アパートの配電設備や設置場所の安全性を確認するためのもので,導入を妨げるものではない。

 このため,KTが新しくアパートに回線を引く場合は,「住人の3割が利用すると仮定して,規模(入居世帯数)に見合うインフラを引く」(Yu氏)という。現在の韓国で利用者が3割以下ということはほとんどあり得ない。3割でペイするインフラなら,低価格でサービスを提供することが可能になるだろう。実際,ソウルのアパートでは既にブロードバンドインフラが引かれているのが当たり前の状況。その上,価格競争の激しさから,サービスは総じて低価格だ。

 日本のブロードバンドインフラは,サービス料金こそ韓国のレベルに近付いているものの,まだまだ障壁も多い。このあたり,冒頭に挙げたPCやインターネットに対する「認知度の差」が大きく関わっているようにも思えるのだ。

[芹澤隆徳,ITmedia]

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