京浜東北線・根岸線の架線切断事故にもの申す杉山淳一の「週刊鉄道経済」(4/5 ページ)

» 2015年09月04日 08時00分 公開
[杉山淳一ITmedia]

「停まったらすぐに動かすな」が正解

 日本の鉄道の100年以上の歴史の中で、過去にいくつもの大事故が起き、犠牲者を出した。その結果、鉄道では安全に対する鉄則ができた。「危険だったら絶対に停める」である。走行中に地震が起きたら。線路にクルマや人が飛び込んできたら。いつぞやのように架線柱が倒れていたら。非常発報といって、危険な事態を発見したら直ちに作動させ、無線を使って周囲の列車に停止の指示を出すシステムもある。

 そのときは停める。停車こそが鉄道の安全を担保している。だから「エアセクションだから停めるな」なんてルールはあり得ない。国土交通大臣の会見要旨で、JR東日本の説明を述べている。そこでは「原則として停止しない」という但し書きが付いている。

また、今回の架線切断の原因につきましては、JR東日本によりますと、本来、列車が原則として停止しないこととなっているエアセクションに停止して、再度起動したことに起因しまして、過大電流が流れて、架線が溶断したものと推定されます。エアセクション内に停車しないよう、乗務員教育を再徹底することが大事だということ、そして京浜東北線・根岸線にエアセクションの位置を乗務員に知らせる「乗務員支援システム」を導入する、こうした対策を実施するということですが、これをきちんとやってもらいたいと思っています。(http://www.mlit.go.jp/report/interview/daijin150807.html

 しかし、列車が原則として停車する場所は停車場である。本線上の停車は原則ではない。異常事態だ。その停めたところがエアセクションだった。発車すると架線が過剰にスパークする恐れがある。だから「停めてはいけない」ではなく「発車してはいけない」が正しい。JR東日本も心得ていて、原因については「停止して、再度起動した」と言っている。つまり「起動」が正しい原因だ。

 この場合の正しい処置は、まずは運転士がエアセクションを認知しているか確認すること。次に、いったん電車のパンタグラフをすべて降ろす。これで車内は夜にもかかわらず真っ暗になり冷房も停まるけれど仕方ない。次に、エアセクションにかかっていないほうのパンタグラフだけを上げて、電車を徐行させてエアセクション区間を脱出する。その後、必要なパンタグラフをすべて上げて運行を再開する。これで架線の断線は防げた。

 緊急停車した場合、運転士は自分の判断で発車しないと思われる。司令所に連絡し、発車の可否を問うはずだ。「発車良し」であれば、発車するだろう。問題があるとすれば、この発車に関する手順だ。

 もし手順書で「運転士が自らの判断で発車して良い」となっていれば、その手順書がそもそも間違っている。司令所の指示だとしたら「発車の指示に当たり、エアセクションの存在を指摘できたか」を問うべきだ。何しろ、この区間にはエアセクションを示す標識もなく、車内でも表示されない。運転士には情報が与えられていない状態だからである。

 なぜ運転士にエアセクションの情報が明示されていないか。それが「ATCだったら停まらないところだから」という。だから機械に任せていれば良かったという話になっている。これは機械や情報機器に対する過信であり、安全に対する慢心だ。

 情報機器は確かに便利だけれど、電気がなければ動かない。そして絶対に壊れない機械はない。長らくパソコンを使っている人なら、故障で大切なデータを失って困った経験はあるだろう。スマホの電源が切れて困った経験もおありだろう。いまやカーナビが壊れたら目的地へ行けない人も多いはずだ。

 機械は突然、アテにならなくなる。そんなときのために、人間がしっかり働いて安全を担保する。JR東日本の不手際を指摘するならそこだ。ATCがあるから人間への情報提示は不要という考えが間違い。しかしJR東日本の報道向け会見では、「今後、標識の設置や運転席への表示を実施する」と改善策を示している。正しい判断である。日本の鉄道は、また1つ事故から学んだ。

事故は京浜東北線・根岸線の帰宅ラッシュ時間帯に発生した(写真はイメージです。flickrより) 事故は京浜東北線・根岸線の帰宅ラッシュ時間帯に発生した(写真はイメージです。flickrより

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