自動車世界の中心であるCセグメント、しかし浮沈は激しい池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/5 ページ)

» 2015年09月07日 08時00分 公開
[池田直渡ITmedia]

モデルチェンジの難しさ

 第二世代は見事な進化を果たし、初代が切り開いた地位をさらに盤石なものにしたが、三代目で様子が変わり始めた。追われる立場に立つと往々にして戦略ミスをするのは世の常である。三代目ゴルフから商品のブランド化が始まり、初代の清廉で合理的なエンジニアリングからなる唯物論的クルマ作りから、ブランドイメージを柱にする観念論的クルマ作りにシフトし始めたのである。

 無駄を徹底的に廃した初代と違い、三代目はそこにどういう余剰を積み足してプレミアム化するかというところに焦点が移った。ひたすらスクエアに効率良くデザインされていたボディは、四角いものをどうやって流麗にするかを模索し始め、サイドウインドーが寝かされて、コンセプトが曖昧になり始める。

 背景には当時の最重要マーケット、北米での日本車と韓国車の躍進がある。工業製品としての信頼性では日本車に、価格では韓国車に太刀打ちができなくなり始めたのだ。ここでドイツは国を挙げてドイツ車のブランド化を画策する。

 ドイツ車のアドバンテージを考えると、1つは高速性能へのこだわりだ。上述のように非力なエンジンを搭載した初代ゴルフでさえも高速性能を諦めず、空気抵抗を減らして速度を稼ぐために、ジウジアーロのデザイン案に対してルーフを下げる修正が入ったほどだ。

 しかし米国はオイルショックを契機にハイウェイの速度制限を時速55マイル(約90km/h)に引き下げ、厳しい速度取締りを行っていた。後の1987年に緩和されたとはいえ、上限は原則的に時速65マイル(約105km/h)であり、ゴルフ自慢の高速性能は依然評価される環境になかった。

 そこでドイツ政府は北米で重要視される安全性でアドバンテージを確保する戦術に出た。アメリカはNCAP(New Car Assessment Program=衝突安全実験)が生まれた国であり、クルマの安全性にうるさい。NCAPは1979年から始まり、従来フルラップ(正面衝突)テストで安全性が評価されていた。ドイツはこれに「自動車の衝突はクルマの半分が互いにズレた状態で起きることが多い」として、オフセットクラッシュテストの必要性を提唱したのである。

 そして突如、世界各国のクルマを集めて行ったオフセットクラッシュの結果を写真とともに公開し、ドイツ車がいかに安全であるかを強くアピールした。そんなテスト項目の存在を知らない日本メーカーのクルマは当然惨憺たる結果となった。今となっては常識だが、事の善し悪しは別として、NCAPも排ガスも原則的にはお受験対策で成立しており、想定される条件が変われば、成績は大きく左右されるのが現実だ。この結果にコメントを求められた日本のメーカー各社の「独自の実験方法に基づく結果にはコメントできない」というある種の不快感を込めた回答は忘れられない。その後、オフセットクラッシュテストに向けた開発を行った日本メーカーは、以後不名誉なテスト結果に甘んじることは無くなった。

 実態は藪の中とは言うものの、ドイツ車の収めた優秀な成績を見れば、オフセットクラッシュの試験方法をドイツのメーカー各社があらかじめ知っていたと考える方が自然だ。しかし、「策士策に溺れる」とはよく言ったもので、ゴルフはこの対策で思わぬ落とし穴にはまるのである。

 当時のオフセットクラッシュ対策は、運転席を後ろに下げ、頭部、胸部、脚部とフロントガラスやステアリング、バルクヘッド(エンジン隔壁)との距離をいかに大きく取るかにかかっていた。四代目のゴルフはこの距離の確保のため、背中を立てて乗員を座らせるパッケージを捨てて、寝そべるポジションに変えた。乗員の座らせ方が変わればクルマ全体のパッケージも変わる。ルーフは低く改められ、よりいっそう初代の合理性から遠くなった。差別化を進めブランド力を高めようとすればするほど、ミニマリズムに基づくゴルフの理念との差異が拡大したのである。

 まずいことにサスペンションセッティングにも失敗した。四代目ゴルフは北米で勝つためのオフセットクラッシュとボディのチリ合わせや内装の品質アップに注力し過ぎ、重要な問題をいくつも疎かにしてしまったのである。

四代目ゴルフは衝突安全とビルドクオリティ(生産品質)に特化し過ぎ、ゴルフらしさとの乖離を起こしてしまった(写真はWikipediaより) 四代目ゴルフは衝突安全とビルドクオリティ(生産品質)に特化し過ぎ、ゴルフらしさとの乖離を起こしてしまった(写真はWikipediaより)

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