ワタミ復活のために求められる「理念経営」との訣別(3/4 ページ)

» 2015年09月14日 08時04分 公開
[川崎隆夫INSIGHT NOW!]
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従業員満足(ES)軽視の経営姿勢

 ワタミの経営のもう1つの特徴として、「従業員満足(ES)の軽視」が挙げられます。

 CSを重視する企業では、従業員に自社の理念や提供するサービスの品質を理解してもらった上で、自信をもって顧客に自社のサービスを推奨してもらうために、定期的に従業員満足度を測定する「ES調査」を行うケースが増えています。自社の従業員の支持も得られないサービスを顧客に支持してもらうことが、極めて難しくなっている現状があるからです。

 2年ほど前のことですが、2013年に、渡邊氏が理事長を務める郁文館夢学園に関する記事が、雑誌に掲載されました。

 渡邊氏は2003年、破綻寸前だった郁文館高校・中学の経営再建に名乗りをあげ、理事長に就任。渡邊氏は、「私たちの学校経営は先生が生徒のために死ねる経営です。その経営についてこられない人はどうぞやめてください」と全教職員に話し、教員に携帯電話番号を生徒に教えさせ、「365日24時間電話していい」と伝えるよう求めた。また、給料削減を実施するなどした結果、2003年から2年間で100人弱の教員のうち30人が退職した。(以下、省略)

<週刊文春 2013年6月号>

 この記事の内容が事実だとすると、生徒からの信頼が厚く、指導力に自信をもつ優秀な教員ほど、他校や学習塾などに転出するリスクが高くなることが予想されるため、一時的には生徒に提供する「教育品質の著しい低下」が起こるはずです。事実教員総数の3割にも上る教員が退職し、また反省文を書かせる行為などにより、14名の生徒も退学しています。

 しかし渡邊氏ほどの人物が、そのような事態に陥ることを、事前に想定していなかったはずがありません。よって渡邊氏は、意図的に「生徒の“ありがとう”を集める」活動を横に置き、渡邊氏自らが策定した「理念」を、教員や生徒に対して浸透させることを優先した、ということになります。ただし常識的に考えると、生徒や保護者が教員に対して、「生徒のために死ねる」ことや「365日24時間電話できる」「100枚の反省文を書かせる」などといった極端なことを要求するはずがありませんから、生徒や保護者のニーズに基づかない行動を、理事長自らの意思で優先的に行ったということになり、そこに本来の理念との矛盾が生じています。

 ある受験機関によると、郁文館中学の2015年の入試倍率は1.5倍程度にとどまり、歩どまりなどから推測すると、ほぼ応募者全員が入学できる、実質「全入状態」となっているようです。昔の郁文館はもっと人気のある学校でしたので、渡邊理事長が主導する「改革」は、現時点では受験生や保護者の支持を十分に得られていないもの、と推察されます。

 おそらく同様のことが、ワタミでも日常的に行われていたのだろう、と思います。そして経営者が「お客様の“ありがとう”を集める」行動よりも、従業員などに対する「ワタミ理念の浸透活動」を優先させたことにより生じた矛盾が、ESの低下とブラック企業批判を引き起こし、同時に多くの顧客の信頼も失っていったのだろう、と考えられます。

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