もし経営者がアリストテレスを読んだら?小林正弥の「幸福とビジネス」(3/3 ページ)

» 2016年01月07日 08時00分 公開
[小林正弥ITmedia]
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サンデルから「正しいマネジメント」を

 このような考え方は、「ハーバード白熱教室」で有名な政治哲学者、マイケル・サンデルの主張する思想(コミュニタリアニズム)をビジネスに適用したものだ。彼の思想はアリストテレスの言う『善き生』を重視しているのである。

アリストテレスとサンデル アリストテレスとサンデル

 マネジメントについても考えてみよう。例えば、アリストテレスは正義について、(1)単純な平等と(2)その人やものの価値に対するふさわしさ(適性)という2種類の正義を考えている。リーダーが人材配置を考える際にもこの考え方が応用できる。

 平等を重視して、全ての社員を基本的には対等に扱うという発想が日本企業ではこれまで強かった。年功序列などはその典型例だ。他方で米国型経営ではその人の能力や資格を見て、それに対応する仕事や役割を与え報酬や待遇もそれにふさわしいものにする傾向が強い。そこで能力や業績によって給与や報酬にも差がつくのである。

 この双方とも1つの正義の考え方に即しており、それぞれ利点と弱点がある。だからこの2つの考え方を組み合わせて、一方では社員の平等を基本的には尊重しつつ、他方で適材適所を重視してそれぞれの人にふさわしい役割と処遇も与えることによって能力を引き出すのが良いだろう。このように二つの正義を統合して組織を形成するのが卓越した美徳企業における「正しいマネジメント」だろう。

正しいマネジメントとは? 正しいマネジメントとは?

「もしアリ」で成功と幸福を

 このように、ビジネスにおけるほとんどの問題にアリストテレス流の考え方は示唆を与えることができる。もし経営者が彼の「ニコマコス倫理学」を読んでビジネスに生かそうと、味読して実行すれば、その企業というチームは成功するのではないだろうか。

 それだけではない。第1回で書いたように、アリストテレスは本当の幸福を実現する方法を説いている。巷の多くのビジネス書が説く「成功」は必ずしも息の長い深い幸せにつながらないこともあるのに対し、彼の思想は「幸福と成功」の双方をもたらすことができるのだ。

 言ってみれば、これは「もしドラ」ならぬ「もしアリ」だろう。本連載からそんな世界が開けて、ビジネスの成功と人々の幸福とが共に広がっていくことを望みたい。

著者プロフィール

小林正弥(こばやし まさや)

1963年生まれ。東京大学法学部助手を経て、2006年より千葉大学大学院人文社会科学研究科教授。1995〜97年、ケンブリッジ大学社会政治学部客員研究員。公共哲学・コミュニタリアニズムの研究を通じ、ハーバード大学のマイケル・サンデル氏と交流をもち、NHK教育テレビ「ハーバード白熱教室」で解説者を務める。

著書に『サンデルの政治哲学…<正義>とは何か』(平凡社新書)、『人生も仕事も変える「対話力」』(講談社+α新書)ほか多数。

『白熱教室入門』の講義の様子はこちら


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