スズキとダイハツ、軽スポーツモデル戦争の行方池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/4 ページ)

» 2016年01月12日 08時00分 公開
[池田直渡ITmedia]

トランスミッションの迷い

 ところが、当時スズキはターボモデルのトルクに対応できるマニュアルトランスミッションを持っていなかったため、AGS(Auto Gear Shift)と呼ばれるロボット変速による自動マニュアルトランスミッションのみの設定となった。スズキの商標名ではAGSだが、一般名称としてはAMT(Automated Manual Transmission)と呼ばれるこのトランスミッションは、マニュアルトランスミッションのシステムにアクチュエーターを追加して、クラッチや変速の操作をロボット的に代行させるシステムだ。従来のトルコンステップATやCVT(Continuous Variable Transmission)といった自動変速機とは構造が異なる。

スズキが「AGS」と呼ぶロボット変速による自動変速機は同社の新興国戦略の要の1つ スズキが「AGS」と呼ぶロボット変速による自動変速機は同社の新興国戦略の要の1つ

 AMTは効率が良く、安価で信頼性も高く、整備が容易とメリットが多いが、変速の際のトルク切れが欠点で、変速マナーが荒いことから、その点を特に気にする日本市場ではなかなか受け入れられないという難しい方式である。ましてや、スポーツ性を求める層にとって、シフトアップのたびに失速感が伴うAMTを認めさせるのはかなり難しいだろう。

 「マニュアルはないのか!」という声が出ることは予想されたが、インドやASEANでの販売依存度の高いスズキは、新興国マーケットを切り開く自動変速機としてこのAMT戦略を推し進めてきた経緯がある。優先順位はどうしてもAMTが上だ。

 ターボRSが出た途端、案の定、マーケットからは「なぜマニュアルトランスミッションがない?」の大合唱が起こった。スズキは当初、コストの問題から言って、このモデルだけのために専用のマニュアルトランスミッションを開発するのは不可能としていたが、結局は市場の声に押される形で、マニュアルトランスミッションの開発に向かうことになったのである。外野が気楽に言えば、開発といってもアクチュエータを外してレバーを付けるだけの話なのだが、それこそ数銭単位でコスト削減を求められる世界、そう簡単な話でもないのだろう。

差別化とブラッシュアップ

 熟慮の結果、スズキは、マニュアルモデルを求める顧客に、ターボRSのマニュアル仕様を設定するのではなく、さらにパフォーマンスを高めた高付加価値モデルとしてアルト・ワークスを送り出すことにした。競合するモデルに対抗し得るブラッシュアップを行い、別モデルとして販売することに決めたのだ。テレビCMでもマニュアルミッションを強調しているが、実はワークスでもちゃんとAMTモデルを選べるようになっている。

 つまりワークスはターボRSのマニュアルシフトモデルではない。となれば違うモデルに仕立てるのは大変だ。ターボや吸排気システムを改変して、よりスロットルレスポンスを高めているとスズキは主張している。というのも、軽自動車には業界自主規制があり、既に上限の64馬力に達しているターボRSと比べて「数十馬力アップ!」と訴求するわけにはいかない事情がある。技術的には20馬力やそこらのアップは簡単にできるが、それを封じて「専用セッティングによるレスポンス向上」を強調せざるを得ないのはそういう背景があるからだ。

 今回手を入れた部分をチェックしてみて、最も感心するのは、実はエンジンではない。それはシャシーの改良で、フロントサスペンション回りを強化する部材の追加や改良に加え、スポット溶接の増し打ちまで行われている。これは誰でも分かるドレスアップパーツを加えることで、インスタントに商品性を高めるのではなく、求められる商品をスズキなりにきちんと消化して製品化したことを意味していると言えるだろう。

 問題はその真面目な改変が顧客に伝わりにくいことだ。だからこそスズキはその違いを訴求するために往年のモデルの名前「ワークス」に頼らざるを得なかったということになる。

 スズキは、マーケットの反応から、予想以上に軽のスポーツモデルを求められていることを知って、早急にフィードバック対応をした。しかも短期間の間に比較的真面目に開発の手を加えた新製品を投入したことになる。本稿の最後に軽自動車販売の異変について触れるが、これが吉と出るか凶と出るかはまだ分からない。

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