家電メーカー「アクア」の伊藤社長が業界の常識を破り続けてきたわけ「全力疾走」という病(2/4 ページ)

» 2016年02月02日 07時30分 公開
[香川誠ITmedia]

悪しき慣習を廃し、組織を大改革

 話は再び少年時代に遡る。

 「タイで生まれ育った僕は、子どものころから日本のことを憧れの目で見ていました。東南アジアの街で見掛けるトヨタやソニーの看板が、日本人としてどれだけ誇らしかったことか。サンヨーやパナソニックも同じです。自分の誇りである『メイド・イン・ジャパン』が苦境にあえいでいるのを見過ごすことはできなかった。この仕事に取り組むことこそ、自分に与えられた天命なんだと思ったんです」

 幸い伊藤には、この会社を立て直すための処方せんが分かっていた。真っ先に着手したのは組織改革だ。

 「日本の大企業は組織内の階層が多すぎます。社長をトップに、部長、課長、係長、さらにその補佐なども合わせると、十数もの階層があると言われます。それだけ、意思決定には多くの承認が必要だということです。あらゆるシーンで即断即決を求められるこの時代に、稟議書一枚にすべての上司のハンコをもらう“スタンプラリー”に時間をかけていては、目の前のチャンスを逃してしまいます。尖った良いアイデアも、その過程で丸くなって面白味のないものになってしまいます」

 伊藤は当時あった14の階層を5に減らし、意思決定のスピードを上げただけでなく、多くの日本企業にある古くからの“慣習”を次々と変えていった。年功序列の廃止、残業の禁止、有給休暇100%消化の義務化。成果主義を採用し、若手の抜擢(ばってき)も始めた。

 就任直後の全社員ミーティングでは、こんな“事件”も起こった。

 500人以上の社員を前に、伊藤は社長直轄のプロジェクトを発表した。そして、全員の前でこう言った。

 「このプロジェクト、やりたい人!」

 突然の社長からの呼び掛けに社員らは戸惑った。普通なら周りの顔色をうかがわずにはいられないところだが、ある30代の男性社員が手を挙げた。それを見た伊藤は即座に「はい、任命です」と言い放った。その場にいた誰もがあっけにとられる瞬間だった。

 「経験の有無や年齢に関係なく、トライする気概のある人をどんどん引き上げていきました。挙手した彼はその業務の経験がないので、すぐにできるわけがありません。でもいいんです。やる気のある人間は一生懸命勉強をしますから。頭の固くなっているベテランの方ができるというのは大きな勘違いだと思っています」

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 組織改革と同時に、ビジョンの共有も進めた。

 「Change(変化を恐れるな)、Speed(スピード重視)、Bad News First(悪いニュースは早めに知らせよ)、Ownership/Leadership(オーナーシップとリーダーシップを持て)、Performance Culture(能力主義)。僕は就任時にこの5つをキーワードに掲げました。中でもSpeedはRoughly Right(60%の確度があれば先に進めよ)。たとえ最初の仮説が間違っていても、やりながら修正は可能です。逆に完璧に固めてからスタートしようとすると、後れを取ってしまう上に、後戻りもできません」

 急激な改革は当然のように反発も招いた。しかし、結果を出すことで周囲を納得させた。伊藤は15年も赤字の続いた会社を、わずか1年で黒字転換させたのだ。

 「僕はこれまで、『伊藤さんは素人だからそんなことを言うんですよ』ということを何度も言われてきました。でも業界の常識に染まっていない素人だから見えることがあるんです」

 かつてソニー・ピクチャーズ エンタテインメントに在籍していた時もそうだった。

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