攻める総務

なぜシリコンバレーの会社は快適なオフィスを作るのか?(1/2 ページ)

» 2016年03月15日 08時00分 公開
[百嶋徹ニッセイ基礎研究所]
ニッセイ基礎研究所

 グローバル競争が激化する中で、従業員の創造性を企業競争力の源泉と認識し、それを最大限に引き出し、イノベーション創出につなげていくためのオフィス戦略が重要になっている。人と人との直接のコミュニケーションやコラボレーションをより一層促進するオフィス空間からは、画期的なアイデアやイノベーションが数多く生まれるのである。

 先進的なオフィスづくりの共通点は、オフィス全体を街や都市など一種のコミュニティーととらえる設計コンセプトに基づいているということである。具体的には、カフェ、広間、開放的な階段やエスカレーターなど、インフォーマルなコミュニケーションを喚起する休憩・共用スペースを効果的に設置し、組織を円滑に機能させる従業員間の信頼感やつながり、すなわち「企業内ソーシャル・キャピタル」を育む視点を重視していることだ。加えて、先進的なオフィスは、共通して、省エネ・温暖化ガス削減など地球環境への配慮も志向している。

 IBM、アップル、インテル、オラクル、グーグル、グラクソ・スミスクライン、ヒューレット・パッカード、プロクター・アンド・ギャンブル、マイクロソフトなど先進的なグローバル企業は、既にこのような考え方を実践しており、世界的には、欧米を中心にオフィスづくりの創意工夫を競い合う時代に入っている。

 例えば、グーグルのオフィスの写真を見ると、オフィス内の移動手段としての滑り台や滑り棒、ビリヤード台、バランスボール、思索にふけるためのブランコ、ゲームや楽器の演奏ができる防音仕様のゲームルーム、奇抜で多様なコミュニケーションスペースや休憩スペース、派手な飾り付けを施した社員のデスクなど、一見すると仕事に関係のないようなものが目に飛び込んでくる。オフィス内での飲食を無料で楽しめるのも有名な話だ。従業員にとって至れり尽くせりとも言える、個性的で遊び心満載のオフィスづくりがなされている。

グーグルのサンフランシスコオフィス(出典:同社) グーグルのサンフランシスコオフィス(出典:同社)

 グーグルが従業員に贅沢(ぜいたく)なまでの快適なオフィス空間を提供するのは、オフィス空間が従業員の創造性に大きく影響を与えることを熟知しているからだ。優秀な人材を採用しているとの確信の下に、創造的で自由な環境さえ提供すれば、優秀な従業員の創造性は最大限に引き出され、イノベーションが生み出されるとの考え方が、経営陣に浸透しているのである。

「リーン」ではなく「組織スラック」

 企業がイノベーションを生む創造性を大切に育むためには、経営資源をぎりぎり必要な分しか持たない「リーン(lean)型」の経営ではなく、経営資源にある程度の余裕、いわゆる「組織スラック(slack)」を備えた経営を実践しなければならない。

 例えば、従業員が気軽に集える共用スペースは、イノベーション創出のために確保しておくべき組織スラックであるが、リーン型の経営を徹底すれば、仕事に関係のない無駄なものとして撤去されてしまうだろう。これまで多くの日本企業がそうであったように、効率性のみを追求したオフィス空間は個性のない均質なものになってしまう。そうすると、目先の不動産コストは削減できても、それと引き換えに何よりも大切な社内の活気や創造性が失われ、イノベーションが生まれない悪循環に陥ることになるだろう。効率性・経済性ありきの戦略は、結局中長期で見れば、経済的リターンをもたらさないと言える。創造性を育み、結果として中長期での経済的リターンを獲得するためには、「組織スラックに投資する」という発想が欠かせない。

 さらに、創造的なオフィス空間を生かすためには、柔軟で裁量的なワークスタイルの許容が不可欠であり、働き方にも組織スラックを取り入れる必要がある。創造的なオフィス空間を用意しても、従業員が決まった勤務時間に縛られたり、インフォーマルなコミュニケーションのためのスペースを利用するのは怠惰をむさぼっているとみなされるような雰囲気が社内に残っていれば、せっかくの創造的なオフィス空間も宝の持ち腐れとなるだろう。

 グーグルでは、勤務時間の20%を自由に使って好きなことに取り組める「20%ルール」を制度化しており、従業員は自分でプロジェクトを立ち上げたり、他のプロジェクトチームに参加したりすることができるという。働き方に組織スラックの要素を制度的に取り入れた好例である。

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