クルマは本当に高くなったのか?池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/4 ページ)

» 2016年04月25日 08時00分 公開
[池田直渡ITmedia]

クルマは高くなったか?

 まず、今の感覚からするとプレリュードの160万円という価格には隔世の感を覚える。2016年現在、同等の価格で買えるクルマをチェックしてみよう。比較的安価なBセグメントの中で、ちょっとスポーティなものを買おうと思えば、価格の高い順(千円単位は四捨五入)に並べて、ホンダ・フィットRSが193万円、トヨタ・ヴィッツRSが189万円、日産マーチNISMO Sが184万円、マツダ・デミオ・ディーゼルが178万円、スズキ・スイフト・スポーツが173万円、スバル・インプレッサ・スポーツが160万円。6台の単純な平均価格は約180万円。

トヨタとスバルのコラボレートによって生まれたFRスポーツモデル。写真はトヨタ86、スバル版はBRZ トヨタとスバルのコラボレートによって生まれたFRスポーツモデル。写真はトヨタ86、スバル版はBRZ

 前述のように当時のホンダ車はエアコンがディーラーオプションだった。価格は純正エアコンだと20万円、同じサプライヤーが出ているホンダのロゴが付かない社外品だと10万円というところ。まあ170万円でいいだろう。つまりだいたい現在のBセグ・スポーツモデルとどっこいの価格になるわけだ。当時のプレリュードはホンダ・ベルノ店のフラッグシップ。当然、今のBセグメントとはだいぶ格が違う。同じ値段で買えるクルマの格は、この30年でそのくらい違ってきているということになる。

 プレリュードと同じスペシャリティ性の高いクルマはいくらくらいだろう? ホンダCR-Zが270万円、スバルBRZが256万円、マツダ・ロードスターが250万円、トヨタ86が249万円。こちらの4台の平均価格は約256万円と価格はBセグ・スポーツよりグンと上がって当時のプレリュードの1.5倍。この手のクルマは現代では希少種になっているせいもあって、当時のプレリュードとぴったり同格のクルマがない。ちょっと格が足りないのだ。本当ならトヨタ・セリカや日産シルビアあたりと競合するはずだが、ないものは仕方がない。

4代目となるロードスターはND型と呼ばれる。写真は最も辛口なNR-A 4代目となるロードスターはND型と呼ばれる。写真は最も辛口なNR-A

 ということで、公平な比較かと言われると、いろいろと言い訳すべきポイントは多いが、シンプルに額面だけで比較すれば高くなっているのは間違いない。本来30年分のインフレその他を加味する必要があるのは当然なのだが、そこは日本の経済に妙なことが起こっていて簡単に話をまとめられない。それは後で別途じっくり考察するとして、まずは当時の若者がこんな無茶なローンを組んだ理由を書いて置かねばならない。それも後でパズルにはまるのだ。

 若者がこぞってクルマを買った背景としては、当時の世相もある。毎年当然にベースアップがあって、特に新卒入社直後の数年は1万円以上の昇給も少なくなかったから、返済を始めてみれば毎年1万円ずつローンが軽くなっていく。そういう計算が成り立った時代だったのだ。

 だから、手元に現金がなく、給料が少なくても、多くの若者が新卒入社と同時にクルマを買った。そういう消費が回り回って、企業が利益を上げ、それがまた給与になって戻って来るのが好景気の良いところだったのだ。

 ところが、今や毎年のベースアップなど一部上場企業の中でも、限られた特別な会社だけのもの。現代のUくんたちは初任給が右肩上がりに増えていくものとはハナから考えていないし、雇用形態によってはボーナスもない。それは月給20万円なら年収240万円のままずっと生きていく覚悟をする世界だ。ローンなんて組みたくなるわけがないし、非正規雇用ならローンの審査を通らない可能性もある。落とされたショックを考えれば、余計申し込みたくなくなるだろう。買ったら買ったで初期コストとは別に維持費だってむしり取られる。若者のクルマ離れなんて勝手な言いぐさで若者の責任にする方がおかしい。

 だからクルマは相対的に高く感じる。おっさんたちは他人事のように「近ごろの若者には夢がない」と言うが、夢が見られない社会を今までの世代が作ったのだ。

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