高橋利幸が「高橋名人」になった日高橋名人が語る(7/7 ページ)

» 2016年05月25日 08時00分 公開
[高橋名人ITmedia]
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名物社員の起用方法

 ファミコンとともに、名人もブームになっていくと、毎週末にはイベントの仕事が入ってくるようになりました。

 最も多かったのは、営業担当が各チェーン店本部と決めてきた、店頭イベントでした。

 1日で平均5〜6店舗を回って、店頭で子どもたちに話をするだけなのですが、集客は400〜500人ほどに上るので、店舗にとってもいい宣伝になっていたようです。

 もちろん、その出演料はゲームカートリッジを買っていただくことになりますので、ハドソンとしても売り上げがありました。そういう意味では、「名人」はさまざまな面で影響をもたらしたのではないかと思います。

 今の企業には、さまざまな分野で名物社員がいらっしゃると思います。そういう経験をした私が経営者の方々に伝えたいのは、彼らが紹介するのは所属している会社の製品でいいと思いますが、その活動以外の部分は、ある程度大目に見ていてあげてほしいなと思います。それが会社にとっても大きな成果をもたらすことになるかもしれないのですから。

 次回は、ファミコンブームの終焉、その後のストーリーをお話ししたいと思います。

著者プロフィール

高橋名人

ゲームプレゼンター、ドキドキグルーヴワークス 代表取締役名人

1959年生まれ。ファミコンブーム 真っただ中の80年代半ばに、ファミコンの「高橋名人」として一世を風靡。現在はMAGES.に所属し、ゲーム情報番組『電人☆ゲッチャ!』などでゲームプレゼンターとして活躍中。2014年、株式会社ドキドキグルーヴワークスを設立し、代表取締役名人に就任。本名は高橋利幸。

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