東大寺学園高校卒業、京都大学文学部卒業。印刷会社営業職、デザイン事務所ディレクター、広告代理店プランナーなどを経て、2004年にコミュニケーション研究所の代表。ブログ:「だから問題はコミュニケーションにあるんだよ」
目の前にコップがあれば、人は何も考えることなく手にとって持つことができる。それが空っぽであろうと、水がいっぱいまで入っていようと、適切な力を入れて持てる。力が足りずにコップを落としてしまったり、逆に力を入れすぎてコップを割ったりすることなどまずない。把持する力を適当に調整する能力が、人には備わっているからだ。
把持力に関する調査によれば、「人は必要最小限の把持力の1.2倍から1.4倍程度の力を加えて、モノを持つことができる(『錯覚する脳』前野隆司/筑摩書房、P92)」。しかも、人は何も意識することなく、コップを持つ。目の前に置かれたコップをじっと見て、これを持つのにどれくらいの力を入れればよいか、などと悩む人はまずいないはずだ。
ここで、少し考えてみてほしい。
なぜ、人は「ちょうどよい」把持力で、コップを持つことができるのだろうか。あるいは、逆に考えてみよう。ほんの少しでも力を加え過ぎると、壊れてしまいそうなモノでも、人は巧みに持つことができる。なぜ、そんな器用なことを、いとも簡単に(意識することもなく)こなせてしまうのだろうか。
「把持力の制御には、指の表面と物体との間に局所的なすべりが生じているかどうかを感じ取る触覚が重要な役割を果たしている(前掲書、P92)」
つまり、加える力が弱すぎて、持っているコップがすべり落ちそうだと触覚がアラームを出すと、持つ力を強くする。人の皮膚には、極めて精緻なセンサーが仕込まれているのだ。コップが滑っているとセンサーから入力があれば、直ちにアウトプットとして力が加えられる。一連のプロセスに、人の意識は関わっていない。人は無意識のうちに、コップに加える力を微妙に調節しているのだ。
人が、考えるまでもなくできることなら、進化したAIを使えば、ロボットも同じようにモノを持てるのではないか。そう考えても不思議ではない。
けれども、これがなかなかに難題である。ロボットには今のところ、人の触覚のような精緻なセンシング技術はなく、従って臨機応変に力を入れることもできない。
だから、力をかけすぎてコップを割ってしまったり、あるいは力が足りずにコップを落としてしまったりする。高度な知的ゲームである囲碁では、世界トップレベルの選手を打ち破ることができるAIなのに、コップ一つ持つこともままならないのだ。
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