振り返れば見えてくる 孫正義の買収哲学とは?加谷珪一の“いま”が分かるビジネス塾(3/4 ページ)

» 2016年08月01日 06時00分 公開
[加谷珪一ITmedia]

掘り出し物は即断即決

 しかし、一連の投資案件は結果的に巨額の含み益をもたらし、これが通信という現在の事業基盤を構築する原資となっている。

 2004年には約3400億円を投じて日本テレコムを、2006年には約1兆7500億円を投じてボーダフォンを買収し、一気に通信会社大手という立場を手に入れる。当時、両社の買収価格は高すぎると市場は否定的な見解一色だったが、今、両社の買収が失敗だったと言う関係者はほとんどいないだろう。

 ソフトバンクは両社の買収によって日本での足場を固めると、Alibabaの成長で転がり込んだ含み益をフル活用し、今度は米国の携帯電話会社Sprintの買収に乗り出した。

 Sprintは全米3位の携帯電話会社で当時3兆4000億円ほどの売上高があったが、1位のAT&Tは12兆円、2位のVerizonは11兆円の売上高があり、上位2社に大きく水をあけられていた。しかも、合併した旧Nextelとのインフラ融合がうまくいかず、6期連続で赤字を垂れ流している状況であった。

 買収しても再生が難しいことは誰の目にも明らかだったが、こうした状況にでもならない限り、米国の主要企業が売りに出ることはほとんどない。ソフトバンクにSprintの話が持ち込まれた詳しい経緯は不明だが、一般的に、掘り出し物の案件が投資銀行などから持ち込まれる際には、ゆっくり精査している時間はあまりないことが多い。

 企業が大型買収を発表すると、アナリストから必ずと言ってよいほど、買収を決断した理由や既存事業とのシナジーについて質問が飛んでくる。市場は理路整然としたシナリオを期待するものだが、経営の現場はもっと混沌としている。突如持ち込まれた案件が極めて魅力的なものだった場合、ぐずぐずしていると確実に他社に持っていかれてしまう。

 動物的勘を頼りに即断即決し、買収が決まってから、財務的な精査や具体的なシナリオを練るというケースは意外と多いのだ。Sprintを買った理由も「そこにSprintがあったから」というものだった可能性も十分に考えられる。

photo 当時全米3位の携帯電話会社だったSprintを買収

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