では、日本の場合はどうか。日本の国内スポーツリーグなどで国歌斉唱が広く行われるようになったのは比較的最近のことだ。例えば日本のプロ野球でも国歌を流すチームも多いようで、その際には試合前の国歌演奏に起立を促すとも聞く。
ただ純粋な疑問が湧く。いったい何のために行われているのか? その答えは、実のところ、よく分からない。
そこで日本のプロ野球を統括する日本野球機構(NPB)に取材すると、「公式戦の興行はすべて各球団に任せているために、国歌の演奏などは日本野球機構としてはノータッチです。すべて各球団の判断です」と言う。
プロ野球など長年スポーツを取材しているベテラン記者に話を聞くと、ここ10年ほどで増えてきた国歌演奏について、「現場でも違和感をもっている人が多い」そうだ。なぜ流すようになったのかよく分からないからだという。
要するに、現実には大した深い意味はないのではないか。少なくとも、米国のような歴史的な側面はなさそうだ。話題のタレントなどに国歌を歌わせることで集客したいという意図なのかもしれないし、衛星テレビやインターネットで身近になった米国のスポーツイベントでよく見かけて、何となくかっこいいから真似してみようというノリで始まった可能性も十分にある。
日本では1999年に国旗・国歌法という法律が制定されている。それによれば、日章旗を国旗とし、「君が代」を国歌と定めている。だが基本的に政府は、「掲揚、斉唱の義務づけは考えていない」としている。また米国のように、特に国歌斉唱時のルールのようなものも規定されていない。
著者は国歌の演奏に反対しているわけではない。純粋に国民の暮らしにアイデンティティが根付き、国歌が国民にも溶け込んで、それが大勢の集まるイベントで歌われたり、流されるのなら理解できる(それなら米国のように、ほとんどのチームやリーグが導入すべきである)。またそれを目指しているというなら分からなくはない。国旗を背負って戦っている国際的なイベントなら国歌演奏は意味がある。
ただ日本の国内リーグが客寄せに使ったり、かっこいいからなんて理由でやっているのだとしたら……そう思うと、日本が心配になってしまうのは著者だけではあるまい。
山田敏弘
ノンフィクション作家・ジャーナリスト。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフルブライト研究員を経てフリーに。
国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)がある。
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