締め切りのない仕事はあるのか(2/3 ページ)

» 2016年09月26日 07時22分 公開
[竹林篤実INSIGHT NOW!]
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人はどのように言い訳を並べるのか

 本書には、ざっと90本の小文が集められている。第一章「書けぬ、どうしても書けぬ」は、締め切りを守れない作家の脳みその中を教えてくれる。ここは基本的に言い訳集。よく、そんな言い逃れを思い付くものだ、さすがは小説家だと思わせる弁明と言うか、自己正当化と言うべきか。そんな文章のオンパレードだ。

 ひょっとすると、仕事をされている方にとっては、上司や得意先に対する申し開きに使えるフレーズが見つかるかもしれない。筆者も昔、どうにも締め切りが守れなくなったときに、すでに亡くなっていた祖父に何回か危篤になってもらったことがある。実際、これなどはよく使われる手のようだ。

 「気に入らないんだ。書きなおしたい」「ふがいないことに、いつまでたっても情熱が起こりません」といったものから果ては「殺してください」と物騒なものまで。よくぞ人は、ここまでバラエティ豊かな言い訳を思い付くものだと感心する。というか、言い訳一つにも作家は創造力を発揮する人種と言うべきなのかもしれない。

締め切りを守る人を見習う

 ただし、すべての作家が締め切りを守れない(守らない)かというと、決してそんなことはない。まず、村上春樹さんである。彼は「締め切りは大体ちゃんと守るし、字はとびっきり読みやすい。だから締め切りに遅れがちな作家や悪筆の作家についての愚痴なんかは人ごととして笑って聞き流せる」(同書、P241)そうだ。そうなんだろうなと納得する。

 あるいは「早くてすみませんが……」と題した吉村昭のコラムでは「私はこれまで締切り日を守らなかったことは一度もない。と言うよりは、締切り日前に必ず書き上げ、編集者に渡すのを常としている」(同書、P258)と書かれている。そして、早く書き上げた原稿をファックスで送る際に「早くてすみませんが……」と書き添えるのだ。

 さらに異色の作家(なぜ、こう呼ぶのかは、ぜひ『作家の収支』をお読みいただきたい)森博嗣先生は「なぜ、締切にルーズなのか」と題して、極めて合理的な提案をされている。すなわち「締切に間に合ったら、一割多く原稿料を払う、遅れたら、原稿料を減額する、という契約にしたらどうですか?」(同書、P273)。もちろん、森先生は締切を必ず守る。

 また「寺田寅彦は、原稿を頼まれて承知すると、すぐ、大体のところを書いてしまったそうである」(同書、P280)ともある。参考にしたいと思うが、才能の問題なのかもしれない。

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