それでトヨタにメリットがあるのかという声もあるだろうが、十分にある。まずはダイハツが既にトヨタの完全子会社となっているので、ダイハツの収益はトヨタのものだ。これは分かりやすい。
もう一つ、大事な点がある。それはダイハツ社員のモチベーションだ。筆者はダイハツとスズキのクルマが世界を救うと長らく主張してきているが、ダイハツのエンジニアと話をすると、まったくそう思っている気配がない。「トヨタのDセグカーあたりの分解展示を見ると、うらやましくて仕方ありません。あーこんなにコストを掛けられていいなぁと。我々はもういつもコスト、コストで息が詰まります」
筆者はその落胆振りに驚いて言った。「これからインド、ASEAN、中国の新興マーケットで売れるのは100万円以下の小型車で、向こう20年で新車販売は現在の1.5倍のポテンシャルがあります。そういう国々でダイハツのクルマが人々の暮らしを向上させていくのでしょう? だとすれば、そしてそれらのクルマは高い環境性能が欠かせません。そうでなかったら地球環境は大変なことになるんです」。
技術で地球を救う。それこそがダイハツに託された使命であり、低価格で高品質なクルマを作れることこそダイハツのコアバリューだ。実際トヨタも「ダイハツの競争力について根底から学ぶ」と言っているではないか。
トヨタがパワープレイでダイハツを好きなようにしたら、彼らの持っているせっかくの技術が自信とともに失われてしまう。むしろダイハツ自身が不当に低く評価している自社の技術をもっともっと高く評価して背中を押していかなくてはならない。単純な損得で言えば、ダイハツが頑張ってくれないとトヨタは完全子会社化した意味を見失ってしまう。
そして、小型車の開発をダイハツに完全に委譲できれば、トヨタはそのリソースを全て先進国に振り向けることができる。燃料電池やプラグインハイブリッド、そして北米のZEV(Zero Emission Vehicle)規制の改定によって開発を余儀なくされるであろう電気自動車に。
筆者は今、豊田章男という創業家社長の手腕に驚いている。北米で公聴会に引き据えられ、涙ぐんだあの日からは今の姿は全く想像できなかった。意地の悪い世間の目に冷ややかにさらされているところから、仕事の結果で評価を変えて見せたその姿には、ある種の感動さえ覚える。
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。
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