市場を刈り取るために、何をすればいいのかキャズム理論が進化している(4/5 ページ)

» 2016年12月09日 07時38分 公開
[永井孝尚ITmedia]

ステップ2:"Which" どこにフォーカスするか?

 目指す市場の状況がどうなっているかが分かったら、その次に「どこにフォーカスするか」、つまり顧客の絞り込みを考える。ここで事例を紹介したい。

 1990年に創業したドキュメンタムという文書管理システムを提供する会社がある(現在、ドキュメンタムは買収されてデルEMCの一部門になっている)。

 当時、文書管理システム市場は成長していた。この会社も創業後の数年間は、多くの応用分野で文書管理システムを提供していた。しかし幅広く手を広げたにも関わらず、売り上げは伸び悩んでいた。そこで思い切って75分野まで広げた応用分野を思い切って2分野に絞り込んだ。

 その1つが、製薬会社の新薬認可申請業務だ。私たちはつい「こんなニッチな分野に絞り込んでしまって、本当に儲(もう)かるのか?」と思ってしまうが、実は顧客はとても困っていたのだ。

 新薬認可申請業務では、申請書類だけで25〜50万ページに及び、この書類をつくるために膨大なデータを調べる必要があった。申請書類をつくるだけで、1日100万ドルという膨大なコストと、数ヶ月間もの時間がかかってしまう。申請が遅くなる分、その期間の貴重な新薬の特許収入を失ってしまう。顧客の痛みは極めて大きく、製薬会社の担当重役は「この業務がより簡単・迅速にできれば、ある程度のお金がかかってもぜひやりたい」と考えていた。

 そこでドキュメンタムは「1年間、新薬認可申請業務に徹底的に取り組む」と腹を据えて、1社の顧客に集中して問題解決を図り、大きな成果を挙げた。その後、製薬業界トップ40社中30社がドキュメンタムのシステムを使うようになった。そして同様の文書管理のコストと時間の課題を持つ企業は他業界にもいた。その後ドキュメンタムは装置産業、製造業、金融業といったさまざまな業界に広がり、一気にキャズムを超えた。

 後日、ドキュメンタムのCEOはメディアのインタビューで「75分野から2分野に絞り込むのは、リスクがあったのでは?」と聞かれ、こう答えた。

 「確かに75分野から2分野に絞り込むのはリスクが大きかった。しかしもっと大きなリスクがある。75分野のまま、絞り込まないことだ」

 根回し・コンセンサスによる折衷案を重視し、既に手をつけている分野からの撤退が苦手な日本企業にとっては、耳が痛い話かもしれない。

 このドキュメンタムの事例から学べることは、顧客を絞り込む上でもっとも重要なのは「顧客の痛み」、言い換えれば「顧客がそれを買わなければならない差し迫った理由」である、ということだ。顧客の痛みを理解し、解決することが必要だ。

 もう1つ、別の視点がある。多くの企業で、まず市場規模や成長性を考えて市場を選ぶ、という間違いを犯している。市場規模や成長性を無視してよいわけではないが、実際にはさほど重要ではない。市場サイズや成長性は、マーケットアナリストがさまざまな仮定を積み重ねて算出している予測だからだ。私たちがそれらの仮定をすべて把握しているわけではない。他人が考えた予測よりも、自分が目の前にいる顧客で検証した「顧客の痛み」という現実を信じるべきだ。

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