プリウスPHV パイオニア時代の終焉池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/3 ページ)

» 2017年03月06日 07時30分 公開
[池田直渡ITmedia]
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新型プリウスPHVは?

 さて、プリウスPHVは乗ってみてどうなのか? 筆者は素晴らしくお勧めのクルマだとは言わない。ただし、現行世代の50型になってから、プリウスは「燃費だけのためのやせ我慢」で乗るクルマではなくなった。Cセグメントの普通の水準にほぼ達した。ほぼと言わざるを得ないのは主にブレーキフィールの悪さで、旧型よりだいぶ進歩した、あるいは回生ブレーキのシステム的宿命であるとか言い訳はあるだろうが、それは作る側の話であってユーザーには関係ない。コンベンショナルなブレーキの並品にすら全く届かない。

 一方、パワートレインの制御精度はまずまず許容できるところまで来た。微加速も微減速もこなすようになった。よくできたガソリンエンジン車と比べるとまだ差はあるが、ハイブリッドはそこが致命的と長らく言われて来たようなものではもはやない。

 そして普通のハイブリッドモデルに対して、プラグインのプリウスPHVは、通常版のプリウスに対していくつかの機能を上積みしてきた。まずは、発電機をモーターとして使えるようにした。これによって加速の絶対値がグッと上がった。走行中のほとんどにかかわる日常域の制御能力の向上に比べれば、こんな滅多に使わない火事場の馬鹿力の向上は余技のようなものだが、試乗して買うかどうかを決めるとき、やはり速い方が嬉しいのは人の性というものだろう。もう1点、エンジンを低温で使うハイブリッドの弱点だった暖房能力の方は、エアコンにヒートポンプ暖房機能が組み込まれて対策された。

テール回りのデザインも普通のプリウスと大きく異なる。充電器は高速道路などの端子に対応した。当分は充電器の競争率が激化するはず。外出先の充電では単価的にもガソリンの方が安いので、メリットは少ない テール回りのデザインも普通のプリウスと大きく異なる。充電器は高速道路などの端子に対応した。当分は充電器の競争率が激化するはず。外出先の充電では単価的にもガソリンの方が安いので、メリットは少ない

 乗り心地も悪くない。ただし、ほぼ同じメカニズム構成を取るC-HRと比べると寛げない。それはタイヤに原因がある。どうしてもスゴい燃費を出さなくてはならないプリウス一族に掛けられた呪いだろう。低転がり抵抗タイヤはゴムの減衰特性が悪い。その能力の差が室内の寛ぎ感を損なっている。できるならば、そういう呪縛から解放して、もっと良いクルマとして自由になったプリウスPHVを見てみたいと思った。

 「これで売れますか?」、そう単刀直入に責任者の金子將一主査に聞いた。別に皮肉な意図はない。プリウスPHVの重責を考えれば、絶対に「外れました」では済まないクルマなのだ。この重大なクルマの主査を任された人なので、恐らくトヨタの中でも同世代のエースなのだろう。金子主査は「それはほぼ大丈夫です」と答えた。

 その根拠はこういうことだ。先代の、つまり初代プリウスPHVは前例がない世界に生まれたクルマだった。だから純粋に、一から十まで全部トヨタが考えるしかなかった。しかし2代目には先代ユーザーの声もあるし、世界各国から競合する製品も出てきた。そういう外部の声を吸収し栄養にすることができる。そうやって商品としての魅力を手に入れた。「新型プリウスPHVは、製品じゃなくて商品になりました」そう金子主査は言う。

 トヨタらしいと言えば、これ以上トヨタらしい言葉はない。ただ少し思う。豊田章男社長は「もっといいクルマ作り」と言う。その言葉にはもっと主体的なクルマ作りの思想があるように思う。実際のクルマ作りの現場がどうなのかは、この目で見ていない以上は分からないが、トヨタのエンジニアの発言を聞く限り、いつも「お客さま」を気にしすぎているように思う。トヨタの思ういいクルマとユーザーニーズは等価に綱引きすべきなのではないか?

オプションでルーフに装備できる太陽光発電パネル。年間1000キロ分程度の充電が可能。ただし28万800円 オプションでルーフに装備できる太陽光発電パネル。年間1000キロ分程度の充電が可能。ただし28万800円

 そう思ったのは、初代プリウスPHVのバッテリー走行距離「26.4キロメートル」を決めたトヨタの理性に今でも強いリスペクトを抱いているからだ。トヨタは国交省の調査統計から、毎日の乗用車の走行距離を調べた。全車両の8割は20キロでカバーできることを前提にバッテリーの能力値を決めた。電欠リスクのないPHVなら、電気が切れてもリスクはゼロだ。そのままシームレスにハイブリッドモードに移行する。ウィークデーの5日間は電気自動車として稼働し、休日の遠出にはハイブリッドとなって、安心して遠出できる。ユーザーにはまったく迷惑をかけず、自然にCO2排出量を抑制できる。

 だが「エンジンをかけることは悪だ」とユーザーは思っている。そのために新型ではバッテリー容量を上げてEV走行距離を68.2キロメートルまで増やした。筆者が先代の骨太な思想の方が好感が持てたと話を振ると、金子主査は「バッテリー大きくなんかして……と言われます。私も26.4キロは正しかったと今でも思っています。PHVの価値が認められた後になって、もう一度そこに戻ることはあるかもしれません」と言う。まあ、いじめるのはよそう。米国だけではない。中国もまたEV走行距離が50キロメートルに満たないクルマはZEVと認めないと言い出している。グローバルに悪法が広がる時代にトヨタ1社でそれと戦えと言うのは、いくら何でも無理筋だ。

 自動車メーカーは、こういう規制や、米国大統領の暴言、中国共産党のマイルールといった無茶とずっと戦っている。プリウスPHVがそういう諸々の鼻を明かせてやったら、筆者も少し嬉しい。

筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。

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