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» 2017年07月03日 11時35分 UPDATE

言い訳に終始:破綻のタカタ 被害者への謝罪なし、消費者不在 (1/3)

自動車安全部品の名門、タカタを破綻に追い込んだのは、早期の事態収拾に取り組まなかった創業家の3代目である高田重久会長兼社長の対応のまずさが大きい。

[産経新聞]
産経新聞

 欠陥エアバッグ問題で経営が悪化し、東京地裁に民事再生法の適用を申請したタカタ。シートベルトやチャイルドシートなど自動車安全部品の名門を破綻に追い込んだのは、早期の事態収拾に取り組まなかった創業家の3代目である高田重久会長兼社長(51)の対応のまずさが大きい。法的整理申請後の6月26日の会見でも高田氏は言い訳に終始して、倒産に至ってもなお消費者軽視の姿勢は変わらぬままだった。

photo 民事再生法適用を申請し、会見で頭を下げるタカタの高田重久会長兼社長=6月26日、東京都内

 「債権者の皆様、関係者に多大なご迷惑をおかけする事態となり、誠に申し訳なく、心より深くお詫び申し上げます」

 高田氏は6月26日に都内で開いた会見で、民事再生法の適用を申請したことを報告し、こう頭を深々と下げた。だが、謝罪の対象となったのは債権者や取引先だけで、タカタ製欠陥エアバッグの異常破裂が原因とみられる事故の被害者への謝罪の言葉は一言もなかった。

 高田氏は、平成23年に死去した前会長で2代目の重一郎氏の長男。重一郎氏は日本の自動車産業の発展に伴って事業を拡大して、社内で「天皇」とあがめられたカリスマだった。その息子の高田氏は、昭和63年に慶大理工学部を卒業すると、他社での武者修行を経ずにタカタに入社。創業家出身の「プリンス」は瞬く間に出世の階段を駆け上がった。入社9年目の平成8年に取締役に就くと、11年に常務、13年に専務と順調に昇格し、19年6月に既定路線で社長に就任した。

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