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» 2017年07月25日 08時00分 UPDATE

スピン経済の歩き方:「ゾンビ」がショッピングモールに集まる深い理由 (2/4)

[窪田順生,ITmedia]

なぜショッピングモールが舞台なのか

ゾンビ映画の舞台にショッピングモールが登場することが多い(写真はイメージです)

 「は? なにワケのわかんないこと言っちゃってんの?」と言う方のために分かりやすい例を挙げよう。それはゾンビ映画というと、お約束のように登場する「ショッピングモール」だ。

 生存者が逃げ込こむと、だいたいショッピングモールには無数のゾンビが徘徊(はいかい)していて、死闘が繰り広げられるという展開だ。映画ファンならば常識だが、この流れをつくったのは他でもないロメロ監督が1978年に公開した『ゾンビ』(原題DAWN OF THE DEAD)である。

 では、なぜロメロ監督は、舞台をショピングモールにしたのか。そんなもん食料とかたくさんあるのでストーリー的に納得感があるからでしょ、と思うかもしれないが、それだけではない。

 実はロメロ監督がつくりだしたゾンビの特性として、「生きていた時の習慣が残っている」というものがある。死人となって人間としての理性はないものの、体に染み付いている生活習慣がそのままあらわるという設定なのだ。

 それを踏まえると、理性を失った生きる屍がショッピングモールを目指して、あてもなく徘徊する描写が、何を意味しているか見えてこないか。休日になると何をするわけでもなく、ショッピングモールにやって来て、食事をしたり買い物をしたりして1日を過ごす我々現代人の姿とゾンビはほとんど変わらない。

 そう、ロメロ監督は「ショッピングモールのゾンビ」で、過剰消費社会を痛烈に皮肉っているのだ。

 ゾンビ映画の生存者たちは、生き残るためにゾンビをやっつけるだけではなく、時に他の生存者と食料や武器を奪い合うなど醜い争いを繰り広げるのが定番である。

 カラッポの頭でショッピングモールをさまようゾンビと、生き残るためには「共食い」も行う生存者、果たしてどちらが「人間らしい」と言えるのか、と映画『ゾンビ』は我々に問いかける。ロメロ監督のゾンビ映画は、恐ろしいモンスターが現われて、血しぶきブッシャーといったホラーではない。ゾンビによって浮かび上がるこの社会の不条理に対して、我々がどう立ち向かうのかという「人間ドラマ」を描いているのだ。

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