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» 2017年09月01日 10時02分 公開

文化庁もあきれた:「太子道」日本遺産落選でまさかの協議会“内紛” (1/4)

かつて聖徳太子が往来したとされている、奈良と大阪の古道「太子道」。文化庁の「日本遺産」認定を目指して両府県の関係自治体などで結成された協議会が今夏、突然解散した。なぜかというと……。

[産経新聞]
産経新聞

 かつて聖徳太子が往来したとされ、太子にまつわる多くの伝承が残る奈良と大阪の古道「太子道(たいしみち)」。ゆかりの地を一体となってPRするため、文化庁の「日本遺産」認定を目指して両府県の関係自治体などで結成された協議会が今夏、突然解散した。世界遺産・法隆寺や太子の愛犬と伝わる「雪丸」像がまつられた達磨寺(だるまじ)など、ゆかりの文化遺産が豊富な古道の認定はなぜ、幻と消えたのか。背景を探ると、自治体間の思惑の違いや意思疎通の難しさが浮かび上がった。

聖徳太子が往来した歴史ある古道

 太子道は、法隆寺を起点に太子が生まれたとされる橘寺(奈良県明日香村)を結ぶ「筋違(すじかい)道」(約24キロ)と、法隆寺から太子の墓がある叡福寺(大阪府太子町)に至る、太子の遺体が運ばれた「太子葬送の道」(約20キロ)の2本をいう。国づくりに奔走する太子が往来した道として古文書にも登場し、沿道には太子にまつわる多くの言い伝えが残る。

 一方、日本遺産は地域振興を目的に、文化庁が平成27年度に創設した認定制度。地域に伝わる有形・無形の文化財をストーリーで結んで価値付けするもの。現在、全国で54件が認定されている。認定されれば、整備・発信のための補助金約4千万円が国から支給されることから、地域振興に役立つとして各地で申請活動が盛んだ。

「太子道」をめぐる活動は昨年7月、奈良県王寺町が「聖徳太子ゆかりの地PR」を目的に、隣の斑鳩町に呼びかけたのが始まり。その後に県と、この2町に安堵町、川西町、三宅町、田原本町、橿原市、明日香村、香芝市を加えた9市町、さらに大阪府太子町、奈良と大阪の3カ寺(法隆寺、橘寺、叡福寺)を合わせた計14団体が賛同し、「太子道日本遺産認定推進協議会」が奈良で結成された。

太子道の起点となる法隆寺。日本遺産認定は幻に終わった=奈良県斑鳩町
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