「バカ売れ」誕生を予感させる“熱”とは『バカ売れ法則大全』発売(2/3 ページ)

» 2017年11月06日 07時00分 公開
[行列研究所ITmedia]

ニーズではなく“面白い”かどうか

 うんこ漢字ドリルについては、『バカ売れ法則大全』でも冒頭で紹介している(より詳しい情報を盛り込んだ連載記事はこちら)。

 川上氏は、このドリルの発想について、「消費者のニーズから企画する『マーケットイン』の発想ではなく、自分たちが『面白い』と思ったものを世に出した」と解説する。書籍の市場データをいくら分析しても、「うんこ」に対するニーズは出てこないだろう。

 しかし、「面白い」「伝えたい」という熱意が大事なのは分かるが、それだけでヒットさせることができるのだろうか。一歩間違えば、批判を受ける可能性もある。その点について、川上氏は以下のように指摘している。

 「『産み出した企画』を世の中に浸透させるために、マーケット調査を繰り返し、(企画を)ブラッシュアップしていて、非常にクオリティーの高い本にしています」

 うんこ漢字ドリルを出版した文響社の編集者は、「うんこ」の例文に対する子どもや親の反応を知るためのリサーチに1年ほどの時間をかけている。また、いじめを連想させたり、不快に感じさせたりしないように、例文づくりも何度もやり直した。

 「面白い」ことを形にするだけでは不十分。どうすればその面白さを伝えられるか。そこに時間と労力をかけることが1つのポイントのようだ。

photo 「うんこ」の例文が小学生にウケた『うんこ漢字ドリル』

 書籍の「意外なヒット」というと、歴史を扱った新書『応仁の乱』(中公新書)や、『どんなに体がかたい人でもベターッと開脚できるようになるすごい方法』(サンマーク出版)もあった。

 川上氏は、これらについても「過去のヒットやデータを参考にして幅広いニーズを狙ったというわけではない」と話す。

 「開脚本については、冒頭で『まえがきのまえがき』と題して編集者が登場します。そこで自らが小さいころから「体がかたい」ことに悩み、それがコンプレックスだったことを告白しているのですが、開脚をしたい理由について、『それは、開脚できたらかっこいいからです!』と書かれているんです。データからは絶対出てこないニーズですよね」

 マーケット調査から企画したら「健康」「ダイエット」「けが予防」などをうたうのが普通。「かっこいい」という理由はまず出てこないだろう。しかし、本気でそう思った編集者の熱量が、多くの人に伝わっていった故のヒットだったのかもしれない。

思いを伝えるためにタイトルを隠した「文庫X」

 本の内容だけではなく、その販売方法にもヒットが生まれている。岩手県の書店から始まった「文庫X」だ。書店員の「この本を読んでほしい」という思いをつづったカバーをかけて、タイトルも著者名も隠した状態で販売する。タイトルを隠して本を売るなんて、普通では考えられない。

 この取り組みについても、「マーケティングの発想ではない」と川上氏は指摘する。「自分の売りたい本がどうすれば売れるようになるかと考えた。結果、『タイトルを隠す』という方法が一番良いという結論に至ったのだと思います」

 本当は面白いのに、タイトルや表紙だけではなかなか伝わらない。たくさんの本を読んでいるからこそ、そのような本に対して、もどかしい思いを抱いていたのだろう。何が売れるか、という発想ではなく、「何とかして面白い本を手に取ってほしい」という強い気持ちが、常識を超えたアイデアを生み出した。本と書店が「好き」という思いに絶対的な自信があったからこそ、その思いが消費者に伝わった。

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