小田急ロマンスカー「GSE」が映す、観光の新時代杉山淳一の「週刊鉄道経済」(2/5 ページ)

» 2017年12月08日 07時00分 公開
[杉山淳一ITmedia]

窓の拡大、理由は「コンセプト」と「予算」

 窓の大きさはVSEとは対照的だ。VSEとMSEの窓は天地70センチで、その前の形式のLSEよりも10センチ小さい。なぜVSEとMSEの窓が小さくなったか、なぜGSEでは高さをLSEよりも拡大したか。VSE、MSEに続いてデザイン設計を担当した建築家の岡部憲明氏に聞くと、「コンセプトの違い、そして予算かな(笑)」と語った。

 「VSE、MSEの窓ガラスは平面なんです。GSEの窓は合わせガラスで、しかも曲面。上に行くに従って丸みを帯びる。このガラスは製造も難しいし、コストが掛かる。今回はそれを許してもらえた」という。隣にいた小田急担当者もこれには苦笑いする。GSEはいままでのロマンスカーに比べてお金がかかっている。

 しかし、VSEやMSEの窓が小さくなった理由はコストだけではない。「高さを比較すればVSE(とMSE)は小さい。でも、横幅は広いです。柱を減らし、水平方向にワイドにしようというコンセプトだったからです。VSEは特に、連接車といって1つの車両の長さが短い。だからこそ、広い視界を確保したいという思いがあった」。ワイドな視界へのこだわり。それは連接車体ではないMSEにも継承されたようだ。地下鉄直通のMSEで、窓の高さよりワイド感が重視されたという理由は理解できる。窓を高くしても駅の天井が見えるだけだ。

photo 50000形(VSE)。側面の窓が細長い

 そして、GSEは窓を高くする方向に変わった。つまり、車両デザインのコンセプトが変わった。優雅に、というキーワード。そして箱根への海外旅行客の増加。さらに私は「関東の他の観光地との競争がある」と感じた。小田急電鉄はロマンスカーの価値感を固定していない。時流に合わせた車両を導入し、乗客の要望に対応するメニューを増やしていく。これが小田急電鉄の観光特急の戦略になっている。

 GSEのデザインの背景として、大きく2つある。1つはインバウンド旅行客の増加だ。箱根は海外旅行客にとって人気の場所だ。先日取材した強羅の高級レストランでは、アジア系だけではなく欧米からの富裕層も多いと聞いた。欧米からの富裕層は団体バスでは来ない。右ハンドルという日本の独特の交通事情からレンタカー利用も少なく、意外にも鉄道やバスで訪れるという。彼らはまさにロマンスカーが運ぶべきお客さまだ。

 12月3日、GSEの公開に先駆けて行われた岡部憲明氏の講演会で、GSEの設計について、車体と同時に座席のデザインを始めたという。展望座席から荷棚をなくした。中間車も窓を高くしたため荷棚が高い。そもそもお年寄りに荷棚の出し入れはキツい。そこで、まず、座席の下に航空機の機内持ち込みサイズのかばんを入れると決めた。支柱は2人掛けの間になるため、安定させるための強度が必要。回転機構も必要。暖房装置も入る。70000形で最も注目すべき場所は座席かもしれない。

 車内客室内に大型のトランクを置く場所も作った。全ての車両ではないけれども、滞在客には必要な装備だ。この荷物置き場は意外な効果もある。前方車端部の座席は目の前に仕切り壁があって圧迫感があるけれども、荷物置き場の空間のおかげで居心地よく感じられる。デッキと客室のドアは透明なガラスになっているため、開放感もある。ただし、ガラス扉の衝突防止も兼ねた「ヤマユリの紋章」はなかった。ちょっと寂しい。

 GSEに課せられたもう1つの役割は、首都圏の滞在型観光地の競争に勝つことだ。東武鉄道が日光鬼怒川でSLを走らせ、海外の高級ホテルと提携する。西武鉄道は秩父鉄道のSLと連携し、西武秩父駅に温泉施設も作った。2018年度は西武鉄道も新型特急車両を導入する。東急電鉄は伊豆方面の取り組みを強化。観光列車「ザ・ロイヤルエクスプレス」の運行を開始した。小田急の箱根観光はこのままでいいのか。いずこの観光地も、常に新しい施策を投入し、差別化を図らなくてはいけない。1年も2年も「変化なし」ではいられない。

photo 前面窓が大きく、後方からも景色を見通せる
photo 側面の窓はVSEより30センチ、LSEより20センチ高くなった
photo 大きな荷物を置く場所ができた
photo 座席下には航空機機内持ち込みサイズのかばんが入る

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