その後、トップクラスの台数を販売していた平木さんに、アウディの新店舗「アウディみなとみらい」オープンのタイミングで声がかかった。この店は、展示車18台を常時置けるほどの規模。店を見に来た平木さんは「輸入車でここまでの規模の店はあまりない。こんなに大きな店で働けるのはチャンス」と、転職を決めた。
10年働いた前職では、既存顧客の乗り換え需要に対応するのがメインになっていた。ブランドが変われば、ゼロからのスタートとなり、新規の客が中心となる。それに加えて、前職とは営業スタイルを大きく変えざるを得ない事情もあった。
前職では、一度来店した客に対して「お礼」の訪問をすることで、買ってもらえそうかどうか、「確度」を把握していた。しかし、アウディみなとみらいでは、それが難しい。店の規模が大きいため、管轄エリアも広範囲になり、回りきれないからだ。そのため、来店した客がその場で「即決」できるような接客をしなければならない。
「最初は抵抗がありました。しかし、お客さまの行動も昔とは変わっています。インターネットで情報を得てから来店することが多くなり、『一度見に行って、次で決める』という行動は少なくなっています。2回目の来店を待っていては、熱が持続しないのです」
即決してもらうためには、短時間で「欲しい」という気持ちになってもらわなければならない。そのために心掛けるのが、「アウディの魅力を丁寧に分かりやすく伝えて、気持ちを高めてもらう」接客だ。
人はどんなときに気持ちが高まるのか。自分の求めているものや興味があるものが満たされるときだ。どんなに魅力的な商品でも、客の心に刺さらなければ買ってもらえない。自動車には走行性能やデザイン、安全性など、さまざまなPRポイントがあるが、それらをただ並べるだけで、客が気持ちを高めてくれるわけではない。
それを実感したのが、「音」にこだわりを持つ客に対応したときだ。その来店客は音楽に興味があり、オーディオの性能を気にしているようだった。それに気付いた平木さんはこんな話を切り出す。
「Audi(アウディ)にOを付けると、Audio(オーディオ)になるんです」
偶然ではない。アウディの創業者、アウグスト・ホルヒの名前にある「horch(ホルヒ)」は、ドイツ語で「聞く」という意味を表す。そして、同じ意味の「聞く」をラテン語にすると「audi」。この言葉がオーディオの語源であり、アウディのブランド名でもある。アウディは創業当時から「音」と深く関わってきたメーカーだった。
そんな話をした上で、実際にオーディオから流れる音楽を聞いてもらう。さらに、「ドアが閉まる音も、スイッチの『カチッ』という音も、ダイヤルを回す『カチカチ』という音も……。音という音を大切にしています」と語る。そうすると、客は自分にぴったり合うクルマに出会えた気分になり、気持ちが高まっていく。
「高い買い物なので、お客さまには不安があります。不安要素をなくすポイントの1つがブランド力です。出会ってからわずか数時間ですが、自分自身を買っていただくような気持ちで、責任感を持って接しています」
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