トヨタが説明会や発表会を連発する理由池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/3 ページ)

» 2018年03月05日 06時30分 公開
[池田直渡ITmedia]

(1)クルマの魅力を向上させる。特に「トヨタのクルマは面白くない」と言われないためにもっといいクルマづくりを行う。

(2)社会的要請に応える環境性能向上を達成する。

(3)生産台数が減少し、多品種少量生産に迫られても利益率を落とさない生産手法。具体的には生産ロット数に依存しないための改革を行う。

(4)すべての車種に対して「もっといいクルマ」に抵触しない範囲で徹底した部品の共通化を行う。それは調達や在庫の管理コストを下げることになる。

(5)既存工場の稼働率向上。

(6)トヨタのすべての部署において、より筋肉質な体制を目指し、無駄を削減する。

 TNGAはハードウェアのモジュール化であると理解されがちであるが、それは目に見えやすい一部分に過ぎず、本質的には業務手法すべての刷新であり、どんな不況に揺らがない強じんな体力づくりであり、効率の改善である。もちろんそれは同時に好況時にはさらなるポテンシャルを発揮することを意味するだろう。TNGAで面白いのは、コストカットによる効率改善という守りだけでなく、クルマの魅力向上という攻めもまた重視されている点だ。

 トヨタは永らく、「いいクルマ」などという趣味的、あるいは情緒的な要素に冷たかった。今を超える高みを目指すより、合格点をいかにローコストで達成するかに注力してきた。「ここまでで大丈夫」あるいは「これ以上は必要ない」という「見切り」の眼力は飛び抜けて冴え渡っており、その結果トヨタ車の多くは筆者を萎えさせてきた。

 ところが、コストカットを骨の髄まで染みこんだ基礎として当然とした上で、TNGAでは「ユーザーが欲しくなるクルマを提供すること」を目指し始めたのである。これが製品サイドでのTNGA改革である。これを「コストカットからクオリティアップへの方向転換」という理解をすると、TNGAを取り違えるし、「モジュール化による新たなコストダウン手法」と理解しても分からなくなる。コストとクオリティを同時に改善することこそがTNGAであり、前述したようにトヨタ生産方式において「カイゼンは常にコストダウンを伴う」という絶対原則があるからこそ、もう1つの側面として「もっといいクルマ」にスポットライトが当たっているにすぎない。

 TNGA改革はとても大きな変革であり、トヨタの社員一人一人に聞いても「実は『もっといいクルマづくり』と社長が言い出したとき、一体何の話か分からなかったんです」と言う。何しろそれ以前がそれ以前である。

 例えばシャシー領域において、いいクルマであるために極めて重要な「ボディ剛性」を確保するための重要な要素の1つはスポット溶接の打点の位置と数だ。しかしボディ剛性に貢献するからといって、難しい位置にスポットを打とうとしたり、スポットの数を増やしていけば、生産に時間がかかる。生産工程において時間はすなわちコストなので、楽に打てる位置により少ない数で打てばコストダウンできる。

 あろうことか、一時期トヨタの中ではこのスポットの数をいかに減らしたかを競い合う風潮さえあったという。それではもっといいクルマなど夢のまた夢だ。その風潮をひっくり返したのが、昨年トヨタの新しいカンパニーとして再定義された「GAZOO Racing Company」(GR)である。

 トヨタの多くのモデルでスポット溶接の打点追加による走行性能向上を実現し、『G'sシリーズ』などのファクトリーチューンモデルを生み出していった。その過程で、彼らはスポット打点をどこに打つと何に効くかをビッグデータ化して鍼のツボのように一覧化していった。TNGAの改革の中でこのGRが解析したデータはすべての新型車開発チームに共有されてもっといいクルマづくりに一役買っている。

TNGAコンセプトに基づく最新工場では、多品種少量生産に対応し、経済恐慌に動じない生産効率を維持できる。併せて車両のモデルチェンジに際しても従来の半分程度の投資で対応できる。写真は17年に追加された広汽トヨタ自動車有限会社の新設生産ライン TNGAコンセプトに基づく最新工場では、多品種少量生産に対応し、経済恐慌に動じない生産効率を維持できる。併せて車両のモデルチェンジに際しても従来の半分程度の投資で対応できる。写真は17年に追加された広汽トヨタ自動車有限会社の新設生産ライン

 今、このTNGA改革の芽が次々と芽吹き始めている。リーマンショックから丸十年を経て、続々と次世代技術が登場しているのである。

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